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2006年8月

2006年8月31日 (木)

電信柱の上

 今日は、久々に、日中寝ずに過ごせました。  ばんざい!!
 でも、午前中は、体起こしていられず、ごろごろしてましたけど・・・。でも、憂にとっては、快挙です! 自分に拍手。

 ところで、今日、気になる物を見付けてしまいました。

 車で外出中、助手席の母が「あれ、なんだろうね?」

 見ると、電信柱の上に、くるくる回る風車のようなものが・・・・・。(料理の大さじを4本、柄の端を中心に×印にくっつけたみたいな形。色は黄色です)

 「なんだろう・・・

 もう、運転してるくせに電柱のてっぺんから目が離せません!!
 「あそこにもあるよ!」  「あれは、形がちょっと違うよ」  「3つも付いてる!」

 母に言われました。       「いい加減にやめなさい

 だって、気になるんだもん、っていうか、事の発端は、母、あなたの発言です。

 それからは、口には出さないもの、やっぱり、気になって気になって・・・・・・。

 何のために取り付けたんだろう?
 どうして、全部の電柱じゃなくて、ところどころなんだろう?
 生まれて始めて気が付いたけど、ずっと前からあるの?それともここ最近?
 色は、黄色じゃなきゃいけないの?

 正直、中部電力さんに電話したいくらいですが、この疑問がかなりくだらない事は自覚してます。
 でも、分からないと何とかしたくなっちゃうんですよね・・・・・。

 多分、明日から、いろんな人に聞いてみずにはいられないんだろうな。今日は、ここに書いたことで、ひょっとしたら誰かから、正解が聞けるかも・・・・・、と期待することで、気持ちが落ち着くかなぁ、と書いてみました。
 自分でも、おかしいと思うんだけど・・・。
 どうしても、分からなければ、仕方ない、やるだけやってダメなら、諦めが付きます。

 これを読んだ半分以上の人は「くだらない」と思ってらっしゃるでしょうね。それでも結構です。もともと、自己満足のための記事ですから。

 最後まで読んでくださったあなた、ありがとうございます。

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2006年8月29日 (火)

憂の癖(断れない)

 頼まれると、断れない、嫌だなって思ってもついつい「YES」と言ってしまう・・・・・。この病気の人は当てはまるばあいが多いんじゃないかな、と思います。

 憂も、断るの、苦手です。特に仕事上のことでは。
 でも、断れないっていうのにも、いろいろあるのかも知れないなぁと、この頃気付きました。

 まず、最初に思いつくのは、断るのに、すごくエネルギーを消耗する方
 相手に嫌な思いをさせちゃうんじゃないか、自分さえ我慢すれば済む。断るより、自分で引き受けちゃったほうが楽だな、と思う方。・・・・・、結構多いだろうと、憂は思います。

 二つ目、これは憂自身。完全に相手を納得させられるだけの材料が用意できないと断れない
 逆に言えば、納得させられる材料が揃えられれば、容赦なく断ります。うるさい訪問販売や宗教の勧誘などを断るのは、実は得意です!勝てるケンカは受けて立つ、意外とこわい一面があります。
 でも、仕事とか、友達とか関係の中となると、なかなか材料が揃いきりません。相手が厚意で言ってくれてる、もうそれだけで攻めの状態には入れない。

 他にもあるかな?憂の職場で、見た光景。職員会議で、「ここの担当、誰かやってくれますか?」との提案に皆さんだんまり。その沈黙に耐えかねて「私やります!」って、自ら手を挙げたDさん。内心「え?それもあなたが引き受けちゃうの?大丈夫?」
 あとから、「私、自分で自分の首絞めてますよね・・・」とDさん。でも、気持ちはよく分かるよ!!

 思いつくだけで、3パターン。皆さん、どうなんでしょう。ひょっとしたら、もっとあるかも知れないですね。「私の場合はこうだよ」という方、ぜひ、教えてください。それが、自分を知る手がかりになると思うので。

 よろしく、お願いします。

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2006年8月28日 (月)

憂の癖(欲張り)

 ちょっと気分転換に、画面表示を変えてみました。

 それは、さておき、憂はかなりな欲張りです。いや、欲張りでした?どっちかな。

 中学生のとき、作文で「一年に一つは成長したといえることを身に付けたい」と書いた覚えがあります。そういう大人がいるかいないか、別として、本気で切磋琢磨しようとしてました
 「転んだって、ただじゃ起きないぞ!!転んだおかげで得をした位の拾い物をしてやる」そう思ってました。

 その上、自分に対する期待が大きかった。「絵が上手に描けるようになりたい」「歌をうまく歌いたい」「ピアノを気持ちよく弾きたい」「自分にしかできないでっかい事をしたい」

 就職してからも、「いい先生になりたい」「いい部下になりたい」「いい先輩になりたい」

 しかも、他人からの評価ってあんまり関係なくて、とにかく自分の納得できるレベルまでいかないと気が済まない。

 きゃぁぁぁぁ!!!    今思うと、なんて恐ろしいことを・・・。

 次々に見つけた目標が両手いっぱいになって視界がさえぎられて、荷物のかさばりと重さに耐え切れず、あるところで思い切り転んだ
 転んだ拍子に持ってた荷物はぜーんぶ地面に散らばった。全身打撲でしばらく動けず、ようやく周囲を見渡せるようになったら、持ってた荷物はずいぶん遠くまで散らばっちゃってる。しかも、あちこちいたくて、もう今までと同じ荷物は持ちきれない。

 それでも、手放せないもの、しぶしぶそこへ置いて行くことにしたもの、選別してたのが、この2年間かなぁ。
 おかげで、本当に大切なものが分かったっていうのは、唯一の救い。
 それに、身軽になったおかげで、新しい世界の扉も開く事ができた。このブログもその一つ。

 目的地だけを見て、がんがん走ってた頃より、足もとの草花に気付く位のゆっくりペースの今の方が、やっぱり、幸せかなぁ。失ったものもたくさんあった事も事実だけどね、それを差し引いたとしても。

 でも、時々欲張り癖が顔を出すから、注意、注意。  ポニーはポニーのお仕事を

 「焦らない」っていうホントの意味がやっと最近実感できるようになってきたみたいです。

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2006年8月27日 (日)

気がかり

 あらためて、おはようございますぅ・・・。脳みそ休まったみたいで、寝起きの気分はそんなに悪くない。寝たいのに考え事に襲われたら、ココに逃げてくるのが早く眠る得策かも。

 はぁ、さて、幼稚園辞めてもう5ヶ月になる憂だけれど、今でも思い出すと涙が出てくる気がかりっていうか、後悔っていうか・・・、あるんです。書いて、自分の気持ちが楽になれば、と思って書きます。

 憂のクラスの中に、ある日突然母親が家を出て、それっきり離婚してしまった子がいました。(このお母さんを責める気は全然ありません。多分、この方の心も苦しくて苦しくて、もうそうするしか他に方法が見付けられなかったのだろうから)

 この子、普段は何事もなく遊んでるのだけど、生活の切り替わる時間(片付けとか、昼食とか)になると、ふっと人なかから離れて、ションボリしてる事がときどきあったんです。
 「どうかした?何か、つらいことでもあった?」と聞くと、たいてい首を横に振りました。
 「何だかわかんないけど、元気なくなっちゃったの?」と聞くと、うなずきました。
 この子自身、理由のわからない不安や、寂しさに耐えてたんだと思います

 で、憂は、「じゃぁ、先生の元気、少し分けてあげるね」と言って、ぎゅ~って抱きしめたんです。そうすると、少し表情が和らいで、片付けや身支度を始められる。

 憂が倒れたのは、新学期、このクラスの子達と気持ちがつながり始めたな、っていう5月で。一人一人の課題を洗い出して、これからともに成長しようという矢先でした。

 休んで1ヶ月ほどした頃、この子から励ましの手紙が来ました。うれしい反面、心配掛けてごめんね・・・。夏休みにも手紙をくれました。なんて、優しい子だろう。

 秋、園長先生から、この子が毎日、通園途中にある神社によって、毎日、「先生が早く元気になりますように」ってお参りしてくれてるって聞きました。

 あ、やっぱり、泣けてくる・・・。この子はすごい憂のこと思ってくれてる。なのに、憂は、突然出勤できなくなって結局あれから、一度も会えずじまい。お母さんが突然いなくなった悲しみに一生懸命耐えてたあの子に、憂はまた、同じ悲しみを味わわせたんじゃないかって
 人の気持ちに敏感なあの子は、「先生があげる」といった元気を自分がもらったせいで先生の元気がなくなっちゃった・・・と重荷に感じてたらどうしようって

 あとから、この子のおばあちゃんに、「頼りなさげな子だったけど、この子なりに成長して、元気に学校へ通ってますよ」と聞きました。・・・・・よかった、って心から思いました。

 でも、憂が病気になった事で味わわなくてもいいつらさを味わわせたとしたらって、その思いは、なかなか拭いきれません。もう、今更どうにもならない事なのに、思い出すと涙が出る。   それに、この子だけじゃない、他の子にも同じ事が言えるんじゃないかって。

 どうにもならない、でも、自分の中で解決されない、いわゆる「うつのせいで悲しくなる」のとは、ちょっとちがう、切ない気持ちなんです。

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憂の癖(解らないって不安)

 早朝覚醒で、1時間前から、眠れません、ただいま午前4時・・・、考え事が始まると、眠れないんですよね・・・・・。

 何を考えてたかと言うと、憂が2年前、ホントにほとんど寝たきりだった頃の事。週に2・3時間外出するのがやっとで、そんな中で、一つだけものすごいエネルギーを投資してた事がありました。 

 それは、うつ病に関する情報集め。通院帰りに本屋へより、ネットで調べ、気分のよくなる夜にはテレビでうつ病関連のことやってると、食い入るように見てた。
 これは、クリエイティブな活動とは違うな。そうしないと、不安でそれこそ押しつぶされそうだったから

 憂にとって、(これ今でもそうだけど)一番のストレス・不安は「解らない」ということ。
 うつ病ですって言われて、やっと自分の体の不調に名前がついたっていう安心感とともに、「うつ病って何???」「パニック発作って何???」・・・・・、もう、自分の体(主に頭)の中で何が起こってるのかって、考えたって分かるものでもないのに、考えて不安スパイラルに引き込まれてく毎日。

 その不安を取っ払うためなら、何だってする、いや、せずにいられない。

 大好きだった文庫本さえ、文字は読めても、話の内容はさっぱり頭の中で整理できないっていう位脳みその機能は低下してたはずなのに、うつ病の本は、読めましたねぇ・・・。今でも不思議です、どこにそんな脳力があったのか。
 それだけ、不安から逃げ出したい気持ちが強かったって事かしら。

 でも、おかげで、特にパニック発作にはいい結果が比較的早く表れたかな。息苦しさも、動悸も、涙も、不安がピークになってるから、数分すれば必ず治まる、このまま気が狂ったり、死んじゃったりする事はないって、自分に言い聞かせられた。
 周りが慌ててても、冷静に対処できるようになった。

 後、今は、うつ病と、どう付き合っていったら仲良くなれるのかな、って思うの。気分が沈んだり、葛藤したりするのは、けっして悪い事じゃない。つらい事を覚えていられるから、人は優しくなれるんだもの。でも、それで、生活に支障が出ちゃうのはやっぱり・・・嫌だよ。
 だから、憂の不安解決癖は、まだまだ続きそう。

 あぁ、やっぱり、頭の中だけで考えてるより、文字にしてみると考えがまとまる気がする。
 あと、2・3時間眠れそうかな。

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2006年8月25日 (金)

憂式 クリエイティブ・イルネス

 ここからは、河合隼雄さんから離れて、憂の見解です。

 実際、ポコっと、出口が見付かったのは、寝たきりになってから、半年ぐらいの頃でした。それまでは、朝、目が覚める。
          まずいけど、少しご飯を食べる。
          気分がよければ毛布にくるまってひなたぼっこ。
                         (6月中旬まで寒がってました)
               悪ければ、布団の中で、しくしく泣く。
                         (泣きすぎでものもらいができました)
          夜、テレビを見る気になる。
          睡眠薬を飲んで寝る。
          とまぁ、こんな生活の繰り返し。

 きっかけは、母親に連れられて、手芸店に行った時のこと。かわいいな、これほしいな、って自然に思えたものに出会えて、そこからプラス思考な自発的行動が始まった

 何かの本で読んだけど、「何か楽しい事ないかなぁ、って探している人、実はもう、やりたいことは過去に経験している事の中にかくれてる」って。
 あぁ、確かに、憂は小学校のとき手芸クラブだった。

 それから、少しずつ、昔やってて楽しかった事を探りながら、折り紙やったり、編み物やったり。ただ、創意工夫は、ハードルが高いので、マニュアル通りにやれば成功するものを選んで。それから、難しそう、と思うものには手を出さない。あくまで、自然にやってみたい、もしくは、やめようと思ったけどやっぱり諦められない、って思えることをする。

 今は、いろいろちょっとずつ手を出して、「今日は編み物の気分」、「今日は編み物やる気ないけど、ビーズクラフトならできるかな」、って選択の余地さえ出てきた。・・・改めてそう思うと、すごいなぁ・・・。あ、もちろん、「今日はぼーっとしたい、寝たい」、そういう時は、欲求に逆らいません。

 ある方向にエネルギーが使えないなら、どこか別の方向に必ずそのエネルギーを使える場所がある。そして、その選択肢が多い方が、毎日何かしら、楽しいひとときを味わえるんじゃないか・・・、最近そう思えるようになりました。このブログも今では憂の楽しみの一つ♪です。

 楽しい事をやってみたい、そう思えるまでには、本人の努力とか、特効薬とか、あるわけじゃなくて、あくまで、なんか自然にそう思える時期が来るんです。どんな人にも、きっと来るんです。「焦らないで」って、言葉では分かってたつもりだったけど、そのときが来るまでは先が見えずに不安でしたよ。そして、いまでも、時に不安に襲われる。以前と違うのは、沈んでても、浮き上がる時期が必ず来るって、信じられるようになった事でしょうか。

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2006年8月24日 (木)

実録 クリエイティブ・イルネス

 憂の不安症や気分のムラは今に始まった事じゃなくて、子供の頃から、ありました。生活に支障が出ないだけで。
 そんなとき、今思うと、これって、「つくる」ことで、不安を解消したり、自然と自己カウンセリングしたりしてたんだなぁ、って思います。

 例えば、憂は絵を描くのが好きでした
 授業中(これもストレスですか?)、小学校時代の教科書、ノートは落書きだらけです。  中学校時代は、落書き専用のノート持ち歩いてました。先生とか、クラスメイトの顔かいたりして。

 あと、音楽もやってましたから、悲しい事があると、曲を書くんです、不思議と元気なときよりいいメロディーが浮かびます。自分で何度も弾いてるうちに気持ちがスーッとしてきます。これ、幼稚園教諭になってからもありました。仕事が嫌になると、自分のクラスにこもって、弾きまくりですスピード感のある激しい曲完全に現実逃避ですけど、やっぱり、スッキリするんですよね。

 自分でもすごいなって、今でも思うのは、大学受験の時。
 受験から発表まで一週間くらいあったんですけど、受かる見込みほとんどなくて、でも現実を受け入れるのが怖くて、この一週間で憂は何をしたかというと、長編童話書いてました。ほとんど徹夜です。「がんばったけど希望通りにならない主人公、でも、そのあとにしあわせはやってきた」そんな内容です。自分を慰めるためだけに書いたものです
 意外と今現在、読み返して、自分が元気をもらってますけど。過去の自分にありがとう。

 10代のころって、多感な時期でもあるから、今思うと、いろんな意味ですごいです。かなりな、変わり者かもしれないけど。

 当時は、ただ楽しいって思ってただけだけど、それさえする気力がいざなくなってしまってみると、その大切さが、じわっとしみてきます。

 ただ楽しいって事 = その時間は自分で創っている時間  なのかな。

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2006年8月22日 (火)

クリエイティブ・イルネス

 もう1年以上前になりますが、テレビで河合隼雄さん(現文化庁長官で、臨床心理の現場でも活躍された人です)が「うつ病はクリエイティブ・イルネス(創造的病)だ」と、おっしゃってました。「うつ病は、エネルギーの枯渇ではなく、エネルギーが行き場を失っている状態」なんですって。前に進もうとしても、壁があって進めない、エネルギーはあるのに、その方向には使えない。

 そんな時、河合さんは、カウンセリングしている患者さんと一緒にひたすら沈んでいくんですって。共倒れにならないかって?
 河合さんは「一緒に沈み込むけど、患者さんと僕との決定的違いは、僕は希望を捨てない、必ず出口が見つかると信じて一緒に沈むんです」と、おっしゃってました。

 とにかく、沈んで沈んで、底まで行くと、ポッと出口が見つかるらしい。それまでにかかる時間経緯は個人差があるらしいですけど、一様に創造的な面で、エネルギーの使える道が開けてくるんだそうです。ある人は、絵画だったり、ある人は俳句だったり、・・・。
 そういわれると、夏目漱石(作家)、岡本かの子(小説家)、斉藤茂吉(俳人、精神科医)、シルビア・プラス(詩人)、ヘミングウェイ(作家)、太宰治(作家)、宮沢賢治(作家)、ミケランジェロ(画家)、チャイコフスキー(音楽家)、リンカーン(政治家)、ダーウィン(科学者)などなど、創造的な職に就いていた人がうつ病になりやすい事もうなずけます。生みの苦しみと言うやつですね。

 憂は病気になる少し前から、いつも考えてました。幼稚園教諭という仕事。・・・何だか先が見えていて、進めば進むほど、子供との直接のかかわりは減り、園運営、事務、若手の指導、経営者と保育者とのパイプ役、と浅く広くの仕事を求められる。
 憂は自分でも職人気質な所があると思ってて、誰かの評価よりも自分の納得できる仕事ができないと気が済まない。特に子供一人一人の内面に寄り添って、その成長を支えていく、そういう直接的な教育活動ができなくなるって言う事は、ものすごい欲求不満です。
 だから、 このまま仕事を続けても、憂の本当にしたいことは、この先にはないんじゃないか、って気がしてた。だからといって、本当にしたいことってなんだろう・・・。また、迷路です。
 でも、はっきりしてるのは、幼稚園の仕事を続ける限り、憂の葛藤は消えない。「やるべき事」に時間を割いて、「やりたい事」はもっと手を抜けと言われる。やっぱり、不完全燃焼になるんだ。

 それで、ゆっくり、ゆっくり、考えた。沈み込んで考えた。
 それでも、仕事に戻る事が怖くて仕方ないくせに、仕事を捨てられなかった理由。

    ・ 子供が大好きだから
    ・ 人の喜ぶ顔を見るのが好きだから
    ・ 何かを作ったり、歌を歌ったり、ピアノを弾いたり、自分の好きなことをして、人
     を楽しませる事ができるから
    ・ 迷ってる人(親子)の手助けになりたい、弱い立場の人の支えになりたい、誰か
     の役に立ちたいから

 いろいろ考えて、その欲求を満たす手段は、ひょっとしたら幼稚園教育以外の場所にもあるかもしれない、って思うようになった。具体的には、まだ、分からないけど・・・。

 今、憂は物づくりに励んでます。まさにクリエイティブ。そうしていると、気持ちが安らぐんです。できた小物は、片っ端から、友達にあげてます。喜んでくれるその反応がうれしくて。  もちろん、新しい事を始めてみようって思うまでは、ずいぶん沈み込んでましたよ。

 あとは、 これが収入につながる社会的「お仕事」に、どうつなげていくか、・・・焦りは禁物、でも、なんとなく、出口がおぼろげながら見えてきた感じがするんです。

 創造的な活動なんて、今までしたことないよ、という方も、よく考えてみて。「生きる」、それだけでも自分の人生を創造していることになってるとは・・・思いませんかねぇ・・・・・。

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2006年8月21日 (月)

タバコで脳貧血

 愛煙家の皆さんには申し訳ないお話なんですが。

 こないだ、タバコを吸っている人の隣で食事をしたんですけど、しばらくして脳貧血起こしました。
 憂は、タバコが苦手です。以前、タバコを吸う人の隣にいて、パニック発作を起こした事がありました。
 いやだなぁ、と思いつつも、「タバコやめて」の一言が言えず、我慢してしまいました。心臓がバクバクしてきて、血の気がす~っと引いて、・・・・・最終的には失神する前に、トイレに駆け込んで休憩したんですけど。(脳貧血はもう慣れてるので、どの段階でやばいか分かってます)

 精神科のお医者さんは、タバコが嫌いだから、その不安で脳貧血を起こしたんだろう、と言っていました。
 でも、どっかで、受動喫煙が脳への血流を悪くするとか、酸素不足になるとかって聞いたこともあります。
 普通の人でも、タバコの煙吸って、脳貧血起こすんですかねぇ???
 それとも、憂の不安→パニック発作 なんでしょうか。

 分かる人、いらしたら、教えてください。

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犬って、人の言葉わかるの?

 憂の隣のおうちにでっかい老犬がいます。足が悪くて、庭の中を歩くのもやっと、時々変なところで行き倒れてたり、呼吸が浅くなってお腹の辺りが動いてなかったり、「死んでたらどうしよう!」(隣の犬なのに・・・)と思うこともしばしば。
 でも、小声で名前を呼ぶと、こっちを向くので、ほっとする。体調によっては、耳をピクっと動かすだけだったり、一瞬目を開けてすぐ閉じちゃったりです。

 う~ん、まるで他人事(他犬事?)とは思えない。具合悪いときの憂にそっくり。いや、反応するだけいいかも。憂は、反応っていうか、呼びかけられても、体のどの部分さえも動かせないときがあるもの。

 で、この老犬、ご主人と他の犬たちが散歩に出掛けると、寂しくて仕方ないらしい、「くぅ~ん」と切ない声で鳴き続けてる。
 あんまり切ないので、「寂しいの?置いてきぼりだもんねぇ。一緒に行きたいんだよね、でも歩けないから・・・つらいよねぇ」と話しかけてしまいました。
 早朝、さえない顔色の女が苦しそうな息遣いの犬に話しかけてる・・・、あんまりいい画じゃないですけど。

 けどね、ぼそぼそつぶやいてる憂の声が聞こえてるのか(この犬ふだんから耳はかなり敏感)憂が離しかけてる間は「くぅ~ん」と泣(鳴)かずにいるんですよ。少しは、気がまぎれてるのかな。知ってる顔が見えるからほっとしてるのかな。
自己満足な勝手な思い込みかもしれないけど、なんとなく自分が役に立ったかなと思うひとときでした。

 やっぱり、誰かを癒そうとしても、結局は自分が癒されてるんだな

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2006年8月20日 (日)

涙を止める魔法のことば

 憂が幼稚園に勤めていた頃、1学期は元気だったのに、2学期の初めになって、家の人と離れられず、大泣きする子がよくいました。
 1学期に我慢していた分、長引いたり、園生活の楽しさを覚えるまでには、時間のかかるケースが多かったです。

 でも、憂は、その涙を止める魔法の言葉を知っていました。なんでしょう?

 それは、

 「泣きたいだけ、泣いていいよ。涙が止まるまで、先生はずっと○○ちゃんのそばにいるから

 長い事我慢してきた子供は、たいてい頭のいい子です。親の期待に応えようと、初めから「泣かずに幼稚園に行こう」「友達と仲良くケンカしないようにしよう」「先生の言う事をよく聞こう」・・・などなど、本当にがんばって登園してきていたのです
 けれど、本当に、幼稚園に通う事が面白いと感じ、園生活に自然に慣れた子供はがんばって登園しているわけではありません行きたいから行く
 したいことができる環境、初めての社会生活に飛び出していく子供にとって、何より大切な事なのですね。そして、失敗も経験し、社会のルールも覚えていく。

 「泣きたい」気持ちでいっぱいならば、涙が出なくなるまで泣いたらいい。それに、人間そんなに長い間泣いていられるものでもない。(憂自身の経験からも)
 泣きたい気持ちが底を尽くまで泣けば、次にしたいことが見えてくる

 この言葉を言ってあげると、言わない場合より、早く泣き止むのも事実でした。「泣いてはいけない」と思い込んでた子供が、「泣いていい」と言われると、それだけで、気持ちが少し、楽になる。   だから、これが、魔法のことば。

 どうして今こんな事思い出してるかっていうと、憂もがんばって、がんばって、倒れる寸前、お医者さんに「あなたは病気になってますよ」「休んでいいんですよ」と言われたときの気持ちと同じなのかなぁ・・・って。
 今も、ギリギリのところでがんばっている仲間にも、病気になってなくても、忙しさで心がすさんでしまった人にも、周りについイライラをぶつけてしまう人にも、なにか、温かい言葉を掛けて差し上げたい。 自分にも、優しい気持ちで向き合っていきたい。

 それから、気持ちが軽くなると、自然と何かしたくなる、憂が患ってから、何度も繰り返してきたことでした。今、憂自身がしようとしていること、それがどんなちっぽけな事でも、やりたいだけ、飽きるまでやってみようと思う。それが積み重なっていったら、・・・・・いつか、人並みに働けるように慣れそうな気がする
 「~が好き」「~をしたい」・・・そういう気持ちに蓋をしないで、「やっていいんだよ」って自分に言ってあげよう。

 こういうことが、また自然に思えるようになりました。それだけ、心にゆとりが出てきたのかな。

 

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2006年8月18日 (金)

おねがい 台風

 今日病院で、「台風とか、気圧の変化で体がつらくなることってあるんですか?」と聞いてみました。すると、先生が、「人間も地球上の生き物だからねぇ、潮の満ち引きとか、自然の影響を少なからず受けるものだよ
 ということは、海がめが産卵したり、カニが満月の海辺を目指したり、そういうのと同じなのかなぁ。あんまり、気にしなくていいてことかな。台風行っちゃえば、きっと楽になるね。

 先生いわく、「生活に支障が出なければ、大丈夫」とも。
 うん、やっぱり、深く考えるとかえって具合悪くなりそうなんで、そういうものさ、と思うことにしました

 それにしても、今回の台風、動きが遅すぎです!台風、お願い、あんまり九州をいじめないで・・・・・。もう少し、速度上げてくださーい。

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暗号に託した「こころ」

 今朝は早くに目が覚めて、眠れなくなっちゃいました。 台風の影響か、気圧の変化か、この季節、病気になってから体がキツイですぅ・・・。

 眠れなくて、いろいろ考えてたら、また思い出した詩があったので、ご紹介を。
 高校生ぐらいの頃の詩です。  今、読み返すとちょっと恥ずかしい。

   幻夢

 風の嘆きに耳澄ませば
 白狐が凍る窓を掠(かす)める
 駆け寄って胸打たば
 ただひたすらの 夜(よ)の深み

 昨日の思い出に瞳閉じれば
 仙楽の調べ 耳を掠める
 振り向いて胸打たば
 ただひたすらの 雪の音

 空虚の中に万物を見、
 静寂の中に万物を聞く
 見えぬ聞こえぬもの
 見ゆる聞こゆるもの
 真実は 如何に

 この頃の憂は、嫌なことや、もどかしい気分にさいなまれると、こうやって詩を書いてました。自分の中の毒を少しでも外に出したかったのかな

 でも、やたらに難しい言葉を辞書から拾い集めて、作ってるから、自分にしか分からないようなまるで暗号文みたい。
 まだ、若かったから、本当の自分の気持ちを誰かに分かって欲しいくせに、素直に言えなくて、でも伝えたくて、そんな気持ちがこんな分かりにくい詩を生んでたんだろうな。
 今なら、もっと分かりやすい言葉で、人様に聞いて欲しい、分かって欲しい。だから、こうやってブログをやっているんだね。
 ただ、最近思うのです。自分の気持ちをこうして綴っていると、頭の中で考えているより、自分の心が見えてくる。自分の心が分かると安心する

 本当に「うつ」の気持ちを分かってほしい相手は、他でもない、憂自身なんじゃないかなぁ。

  

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2006年8月17日 (木)

しろ になりたい

 今日は、憂が10年くらい前に書いた詩を紹介します。

       『しろ』 

 太陽の光になりたい
  まっしろな光に

 清い少女でいたかったあの頃
  真っ白なキャンバスのようになりたかった
 ずるい大人になるのが嫌だった
  絵本の中のヒロインがうらやましかった

 でも
  白いキャンバスは すぐに汚れる
  いろいろな色の絵の具で
  ほこりで 手垢で
 一点でも付着(つ)けば
  それは「真っ白な」キャンバスではない

 清い少女でいたかったあの頃
  自分の中の 嫉妬や 憎しみが許せなかった
  真っ赤な炎や ダークなブルー
  いろいろな色が混じって
  だんだん どす黒くなっていくキャンバス
  叩き割って 壊れてしまいたかった

 でも
  嫌な自分を見つめながら
  いいところも見つけようと思った
  静かな気持ちで 他人(ひと)を見つめながら
  他人(ひと)の弱さも許せるようにと・・・

 太陽の光になりたい
  まっしろな光に

 赤も 黄色も 紫も
 目に見えない色さえ飲み込んで
 ますますしろく輝く光

 もう闇に吸い込まれない
 あなたの闇をも飲み込んで
 いつも隣で輝いていたい

 憂がうつ病になった原点がここにあるような気がする。途中までは、「結構いいしろになってきたな」って思った時期があった。
 
りの人の悲しみに一緒におぼれてしまいやすい憂。弱さを受け止めたいと本気で願った憂。

 他人の心の弱さは許せるようになってきた。でも、一番許せないのは、自分自身。「あの人が嫌い」「こんなことしたくない」人を傷つける自分が嫌い。やましい事をして生きていたくない。いい加減な気持ちで物事に取り組みたくない。誠心誠意で相手に接したい・・・・・。

 奇麗事だって分かってる。 そんな風に生きられる人、そうそういない。でも、そうなりたくて、そうしていられる事が一番の安心で、不安にさいなまれる事のない環境。

 以前、お医者さんに「嫌いでも一緒にいられたらいいのにね」と言われた。
 そう、理想の自分とかけ離れた自分、「憂ってだめだな」って思いつつも憂自身の存在を受け入れられたら、トンネルの出口が見えるような気がする。

 今、一番の願い。分を好きになる事。自分を許せる憂になる事

 

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2006年8月16日 (水)

もしも憂が馬だったら

 憂がついがんばりすぎになりそうな時、自分に言い聞かせている事があります。(自分で気付いたときは、です。)
 それは、「もし憂が馬だったら、ポニー

 馬にもいろいろありますでしょ。放牧されてる馬、競馬の競走馬、馬車を引く馬、乗馬の馬・・・・・。
 憂は、力もそんなにないし、早くも走れない、ポニーです。(ポニーに失礼か・・・)

 でも、ポニーにはポニーの、ポニーにしかできないことがあると思う。結構子供たちには人気あるし、ふれあい動物園みたいなところで気軽に触れる馬。だから、ポニーはポニーのままで、十分いい仕事をしてるはず

 なのに、憂は、ときどき、(特に人に褒められたりすると)自分がポニーだって事忘れちゃう。自分には実はサラブレッド並に走れるんじゃないか、って勘違いしちゃう。走ってる最中は楽しくって、周りが見えなくって、「今度12レース出まーす!」って、自ら手を上げちゃって、後から取り返しのつかないことになる事もしばしば・・・・・。

 病気になってからは、結構周りの人が「がんばりすぎだよ」「無理しないで」って、歯止めをかけてくれるおかげで、自分がポニーだって事思い出すようになった。自分だけじゃ、まだブレーキ利かないことのほうが多いよ。

 ポニーの憂にできること。ポニーの憂じゃなきゃできないこと。きっとある。今日もそれを探します。

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2006年8月12日 (土)

もし、仕事が食事だったら・・・

 お久です。
お盆に友達と遊びに行くことになって、体力調整中でした。今日は、余裕ありそうなので、書き込みができ、うれしいです。

 さて、唐突ですけど、憂はよく頭の中で、迷子になります。悩むっていうのとは、ちょっと違って、ぐるぐるいろんな事考え始めて、出られなくなっちゃうんです。
 あ、今「なんか変な事言い出したなぁ」、と思う人もいたかも・・・。

 例えば、仕事。この春までしてた仕事。
 忙しいときに、「今の仕事っぷりって、流しそうめんみたい」と、言ったら、友達に「は?」と言われた。
 憂のなかでは、上からどんどん流れてくる仕事を、手が空いていればどんどんすくいあげて、味わう暇もなく食べてる・・・そんなイメージでした。

 でも、もっと忙しくなったら、「流しそうめんはまだ甘いな、下の人に流そうと思えばみおくることもできたもんなぁ。今は、わんこそばの気分」     独り言みたいにつぶやいてみたら、案の定スルーされました。
 憂のなかでは、「え!?口の中いっぱいなのに、もうお椀に入れるの?お椀にまだ入ってるのに、もうスタンバイしてるの?しかもそつのない動き・・・」(実際のわんこそばはストップかけられるようですが)

 あと、食べ放題バイキングのような気分の時もありました。
好きか嫌いか、お腹が空いてるかいっぱいかなんて関係なくて、食べなきゃ損、みたいな。あれもこれも欲しい!でも、実際食べ切れなかった、ごめんなさい、って。

 今現在の憂の仕事っぷり(お金もらってる仕事はしてません)は、正常な食欲の元、お腹が空いたら腹八分目まで食べ、満足したら、もういらない、・・・普通になったのかな。
 でも、まだ、食欲不振。

 なんで、仕事が食べる事に化けてるんだろう、憂の頭の中は結構緻密な迷路です。自分でも不思議がいっぱい。
 そばにいる人には、話しても「わけの分からない空想に付き合ってるほど暇じゃないよ」と言われそうなので、こんな場で、公表しちゃいました。  それに、まだまだ、あります。こんな妄想。

 次回は、もし憂が馬だったら、というお話です。

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2006年8月 8日 (火)

[死に際のプレゼント」にコメントいただいた、匿名 様へ

 今日は、いただいたコメントの中に、心に響くものがありましたので、そのお言葉に対して、私が思うことを書かせていただきます。
 普段の私の文章とは、スタイルが違うと感じられる方もいらっしゃると思いますが、私の本意を伝えるために、あえて、変えさせていただきます。 

 ブログを始めて約1ヶ月。今まで温かいコメントに癒されてきた事は、以前にも書きました。
 「あなたは暇で幸せな人」「他の人もがんばっている。あなただけが特別じゃない」「うつ病は流行じゃない」「『私はうつ病です。かまってください。』・・・どれだけ世の中に迷惑を掛けているかわかりますか」

 ・・・・・、正直、グサッときました。だって、

結構図星だったからです。

 どんな気持ちで、私が書いたにせよ、あなたは私の甘さ、周囲への甘え、被害者意識的な考え、努力の足りなさを感じ取って、憤りを感じたのでしょう。
 しかも、幼馴染を躁うつ病で亡くしていらっしゃる。その幼馴染の方への思いは、私には理解し尽くすことはできないけれど、きっと、ショックだったし、とてもつらかったんだろうな、と思います。だから、余計に、甘えてる人を見ていられないんだろうな、と思いました。(違っていたらすみません。)
 一度は感情を吐き捨てるだけのような一言でコメントを切っているのに、再度、御自分の考えを丁寧に書き込んでくださいましたね。一生懸命伝えたい、と言う気持ちがじわじわ広がってまいります。そして、私は、この思いをしっかりと受け止めなければいけないと、思いました。

 とはいえ、できる事とできない事があることも事実です。ただ、できる事から、目をそらさないで生きていこう、と久し振りに身が引き締まる感覚が戻ってまいりました。
 今まで、「気持ちはあっても、体がついていかない」「どうせできない」と、諦めたり甘えたりしていたかもしれない。

 「あなたたちに限界を感じる」としながらも、こうして意見を寄せてくださるのは、まだ、さじを投げられたわけではないのですよね。変わって欲しいという希望を捨ててはいらっしゃらないのですよね。
 読み返せば読み返すほど、厳しいけれど温かいお言葉に思えてきます。自分の生きる方向性を少しでも、変えて行きたい、そういうエネルギーをくださいました。

       ありがとうございます。

 でも、うつ病というものがどんなものなのか、経験したことのない人にも知っていただきたい、同じ苦しみを味わっている人の支えに少しでもなりたい、自分にしかできない事があるはずだと・・・・・、この気持ちは持ち続けてまいります。

 今まで、書き綴ってきた事が、甘かろうが、ただの愚痴に聞こえようが、その時の私の中から湧き上がった大事な気持ちだから、書いた事は、後悔しないと思います。
 後から読み返して、「あの頃はこういう考え方をしていたんだ」「今ならこう考えられるのに」と、未来の自分にとっても生きる糧となると信じております。

 今回のコメントをいただいて、自分自身が偏った方向にそれていきそうになっている事にも気付きました。そして、改めて、このブログを開き、あなたのような方に出会えたこのチャンスをまた、これからも様々な方に出会えるチャンスを手にしていることを、幸せだと感じます。

 今のこの気持ち、テンション、決意が、自分の中から消えないように、あなたのコメントを、大切にとっておきたい。
 もし、許されるなら、あなたがまたこのブログを訪れて、新たな御意見を聞かせてくださる事を心からお待ちしています。

                                        宇都宮 憂

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2006年8月 7日 (月)

復活しました

 熱も下がって、だいぶ体調が元通りになってきました。夕べは特によく眠れて、朝まで、寝ていられました。久々です。

 さてと・・・、こないだ、人ごみが苦手って書いたのですが、憂は耳が人より敏感なようです。高校は音楽学校で、オーケストラのCD聴きながら、それぞれの楽器がどんなメロディーで鳴っているか、書き出すアナリーゼという授業が得意でした。
 そのせいか、病気になってから、周りでなっている音が気になってしょうがなくて。

 テレビも興味のない内容なら、点いているのがわずらわしい
 でも、離れたところにいても、臨時ニュースのピピって音がすると、不安になって、テレビの前にとんでゆく。
 電話の着信音には、必要以上にびっくりする。
 家の外で、足音がすると、来訪者かとどきどきする。
 近所の犬の声、どこのうちのどの犬が鳴いてるなぁ、とか分かってしまう。
 エアコンとか、換気扇とか、冷蔵庫の音とか、いろいろな雑音が重なってると、なんか、その音の中に、メロディーラインが聞こえてくるような気がする

         ・・・とまぁ、こんな調子で、結構日常生活だけで、神経が磨り減ってた時期
           もありました。

 中でも、人ごみ。精神科の待合室は静かなもので、そんなに、気になる事はないですけど、他のお医者さんの待合室は、結構おしゃべりしてたりしますよね、患者さん同士で。もちろん、大声でご迷惑なほどしゃべってるわけじゃないんだけど、憂の耳は、その全ての会話を聞き取ろうとしてしまう

 分かってます! そんな必要はない事は。全然役に立たない事は。でも、勝手に耳は、会話の内容を、聞き取ろうとしちゃう。何十人もいる中で、その癖が始まると、帰ってきて、かなりへとへとです。しかも、脳みその情報処理能力は落ちてるし。
 でも、自分じゃ、どうしようもなかったんですよね。自分の体が自分の思いどおりにならない、それがまた、抑うつに拍車を掛けます

 今となっては、そんな癖、直そうと思って、直せるものじゃない。実際、知らない間に自然に、気にならなくなってきた。・・・そういうもんなんですね。 
 でも、当時は、きつかったな。

 今でも、どっちかというと、静かな環境の方が落ち着きます。鳥の声とか、風の音とか。
 それに、テレビ見てるそばで、話しかけられると、どっちの内容も、さっぱりわかんなくなっちゃいます。へへへ。

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2006年8月 5日 (土)

まだ、熱下がりませんが・・・

 皆さん、励ましのコメントありがとうございます!!本気でうれしい。

 以前、上司に「職場復帰したら、どういうことに気をつけたい?」ってきかれて、
 憂は、「ついついダウンするまでがんばっちゃう癖があるから、自分の出せる70パーセ
      ント位のちからで仕事できるように、自分でコントロールしていきたい
」って、答えたの。
 そしたら、「ふつうの人って、そんなこと気にしなくても、自然にやってるよねぇ」って、かえされました。

 はい、分かってません、この方。何がって、いろいろ・・・・・。期待しちゃいけないんだな、この方には、なんてマイナス思考スパイラルにまた、はまり込んでいきました。

 憂にとっては、今でも自分をコントロールするのって、手の届かない課題。これができるようになったら、すっごい楽になるんだろうな・・・。
 今日、お医者さんに「疲れたら休む事はいいことだからね。休んでいいからね」って言ってもらいました。

 今の憂は、すごいいい人たちに囲まれてる。優しい言葉をみんな掛けてくれる。
 体調はイマイチだけど、今の憂は世界一の幸せ者です!!

 今までしてきた事もみんないい方に転がっていく気がしてます。
 どうか、憂の存在も、誰かの幸せの種になりますように・・・・・。

             皆さん、ホントに、ありがとお

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2006年8月 4日 (金)

知恵熱

 最近、ブログを書くのも楽しくて、皆さんのコメントを読むのもうれしくて、他の皆さんのブログも読むのが楽しくて、・・・・・。でも、憂にはちょっと、キャパオーバーだったみたい。

 ここ2,3日生活も結構充実してたと思ったんだけど、いつもの原因不明の発熱です~。

 お調子に乗ると、知恵熱みたいのが、出るんですよ。以前は、出だすと、2~3週間続いて、ぐてぐてでした。このごろは、2,3日で治まることが多いけど、今日は、書き込み、こんなんでおしまいにさせていただきます・・・。   おやすみなさ~ぁい。

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2006年8月 3日 (木)

食べるのってめんどくさい

 うつ病の方って、食欲がすごく減退したり、逆に食べ過ぎたりします
 憂は、食べられなくなる方でした。

 どん底の頃   まず、食べる事が面倒くさいし、疲れる。箸が重く感じる。 単に食欲がないのではなくて、何で、わざわざ食べなきゃいけないの?っていう感じ。   もちろんおいしいなんて感覚はなくて、毎日の習慣で、作る・食べるを繰り返してた。  診断が下って、「うつ病で食欲が落ちるのは自然なことなんだ」って思ったら、急に食べなくていいやって思い始めて食べられなくなっちゃいました。

 大さじ1杯ほどのご飯をたいらげるのに、30分もかかった。
 食べたくないし、胸は詰まる感じがするし、味覚もおかしくて、食べ物を食べてるって感じがしないし。  その上、箸が重いから、一口ごとに手はテーブルの下。その手を再び持ち上げるにもものすごい勢いが必要だった。

 母が何とか食べさせようと、いろいろ食べやすそうな物を作ってくれたけど、何もかもおいしくは感じられなくて。  食べられない自分をまた責めては泣く日々
 ほとんど寝たきりで、3ヶ月で12キロやせましたよ。

 今思うと、脳の情報の処理能力が落ちてたのかな。唯一おいしいって思えたのは、お湯でした。なにがしの味が付いていると、もうそれは憂の脳のキャパを超えてしまって、受け付けられない、分からないという状態になってたんだと思う。

 その後、少しずつ食べられる物が増えていったけど、どれもかなり薄味。お湯が№1の時期は、1年半近く続いた。 
 ちなみに、今の№1は ゼリーです。でも、市販のものは、甘すぎて無理。自分で毎日ドンブリ1杯作ってます。ていうか、食欲ないくせにドンブリ1杯のゼリーは食べちゃうんですね、不思議と(笑)。

 今も、味がよくわかんない時があります。友達と楽しくする食事はおいしいと感じるけど、味覚でおいしいっていうより、シチュエーションがおいしいのかもしれないな。

  脳の情報処理能力っていえば、そうそう、憂は人ごみも苦手でした。次回はそのお話をしますね。

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2006年8月 2日 (水)

買い物って疲れる

昨日は失礼しました。  まぁ、気分のへこみも落ち着いてきたので、ひと安心です。

 昨日書きたかったのは、日常生活によくある風景で、うつ病の憂がひどく苦しくなるシチュエーションのはなし。 買い物編 です。

 憂はお買い物大好きでした。 理想のラーメンどんぶりがほしくて、新幹線に乗って、横浜まで行く人です。いろんな物見て、品定めして、一番のお気に入りを手に入れて、これも買っちゃおうかな、あれも欲しいしな、って、迷ってる時間も楽しくて。

 それが、できなくなっちゃいました。例えば、靴を買おうと思って、出掛ける。欲しいミュールコーナーに行くと、たくさんのミュールが並んでる。色も様々。ヒールが細いの太いの、高いの低いの。キラキラしてるの、アジアンチックなの。ビーズ付きだったり、コサージュ付きだったり、・・・・・。値段も様々。

 色はこれが好き、形はこっち、でも、ヒールの高さが微妙かも・・・。考えているうちに、もともとどんなのが欲しかったんだっけ?っていうか、何を優先して、何を妥協したらいいのか、わけ分かんなくなっちゃいまして。  で、だんだん考えてる事自体、面倒くさいというか、すごく疲れてきて、早くこの場を立ち去りたい、休みたい。ってなっちゃう。

 これが、今日は買わない、目の保養!と決め込んだ、ウィンドウショッピングなら、全然楽しい。普通にこの靴のこのデザインかわいい♪って、いろいろ見られるのになぁ。

 一人暮らし時代、食品なんて絶対買わなきゃならないのに、「なんで肉ってこんなに種類あるの・・・」と肉買うの断念したこともたびたび。   とにかく、同じような物がいっぱい並んでると、情報量の多さに脳みそが拒否反応起こすんですよね。

 今でも、家族に「おいしそうな物あったら買ってきて」って言われるけど、買えない。商品名と、数をはっきり言ってもらわないと、自信をもって買って来れない。  こないだ、もやしを買ってきてと言われて、2袋買ってきたら、「2袋も買ってきたの」って言われた。足りないと困ると思って・・・・・。ちょいへこみ凹。

 食品って、食欲ないから、余計と買いにくいのですよ。

 次回は、その食欲について、書きますね。

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2006年8月 1日 (火)

憂のバカ

 あゆざかけい さんから、コメントいただきました。ありがとうございます。

 不安という坂道を転げ落ちていくあの感覚、憂は、それに付け加えて、不安になってる自分を責める癖があって、拍車を掛けてます。

 実は、今その真っ只中で、さっきまで違うテーマで記事書いてたのに、完成間近で、消えちゃいました。ショックです。 もう今日はやめようか、と思ったけど、短めにして書く事にします。(涙)

 憂が不安から抜け出せるようになったのは、ゴミ箱保留箱のおかげかな。気になり出すと堂々巡りで、どつぼにはまってっちゃうんで、考えてもどうにもならない事はゴミ箱へポイ! 時間が経てば解決する(人に確認できる、結果が分かる など)事は保留箱へ、その時期が来るまで思い出さない。   こんなイメージトレーニングをしてました。

 ・・・なので、憂のショックのほとぼりが冷めるまで、(多分明日はもう平気)今日消えちゃった記事は保留箱に入れときます。明日は、公開できると思うので、・・・ごめんなさい。

 なにやってんだ、憂・・・。

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