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2010年1月

2010年1月27日 (水)

その後の父

 あれから、父の「オレ様」振りは、消沈しています。

私に気を遣っているようです、どうやら。

 母は、父の言うなりだから、今まで誰も、父の「オレ様」にストップを掛けられなかった。


 謝ったのは、私。
父は謝らない。
でも、私の方がのびのびしていて、父の方がちょっと萎縮してます。

 肉を切らせて骨を絶つ

 ちょっと違うか(笑)。
 父をやり込めよう、とかは思ってないです。



 遠足は、おうちに着くまでが遠足です。

 喧嘩は、仲直りまでが喧嘩です。

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2010年1月25日 (月)

セルフカウンセリング

 前回の記事での、セルフカウンセリングの中身です。
 少々過激に感じるかも・・・、落ち気味の方は見ないでください。

続きを読む "セルフカウンセリング"

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エゴの崩壊

 前回の記事までで、『怒り』の感情が抜け落ちていること、『期待』出来ない自分がいることについて、徹底的に考えてみました。

 その成果(?)なんでしょうかねぇ、




 やっちゃいました(*´∀`)ゞ<エヘヘ



 父と大喧嘩。

 っていうより、一方的に私がまくし立てた。



 喧嘩の理由は聞かないで。

 文字にすると、あまりにもバカバカしい出来事ですから(恥)。



 いわゆる『キレた』っていう状態です。
 自分が何でこんな行動をとっているのか、もう制御不能でした。
 頭をガンガン床に打ち付けて、わぁわぁ、泣き叫びました。
 手近な物を投げました。

 子供の頃だって、こんな事、したことありません。

 だって、こんなことしたら、親が困るもの。
 自分が物分りのいい『良い子』じゃなくなっちゃうもの。
 それに、恥ずかしいじゃない。


 でも、親子関係の中で理不尽な事に出会うたび、本当は、感情を表に出したかった。


 ある本の言葉を引用すれば、

 制度の世界で自分を自分たらしめている自我=エゴから自分自身を開放する、<エゴの崩壊>

 ・・・・・、ある意味、そういう状態でした。

 我に返ってから、ちょっと恥ずかしいけれど、そういう姿を見せられて、「良かった」と思うんですよ。

 親にとっては、今までこんな姿見たことがないから、「病気が悪化したか」と一瞬ヒヤリとしたようですが、これは、うつとは全く関係ありません。

 あくまで、成長の一過程です。 遅れてきた反抗期(笑)。


 ちゃんと怒れた。怒りを相手にぶつけられた。
  ↑エライエライと自分を褒めてあげようと思う。


 そして、その後は自分の頭の中でセルフカウンセリング。(後日書きます)

 カウンセリング終了まで大体半日。

 その後、父に謝りました。土下座して。
 「やりすぎまして、ごめんなさい」 _|\○_ 五体投地

 語尾にたどり着くまでに、父も私も笑い出してしまいました。

 お互い、「意地を張ることがバカらしい」って、言葉を言い終わる前に感じたんだろうな、って思います。 

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2010年1月24日 (日)

未発達な心 エピローグ

 今まで書いてきたことは、過去に対して何かを要求したいのではなく、むしろ、この先、自分の為に何が出来るか考えたいから、文字にしてみた。

 文章がちょっと硬いのは、より客観的に自分自身を見て、アナリーゼ(分析)したかったから。


 うつ病になって、6年・・・。早いなぁ。


 今は、抗うつ薬が必要なくなって、カウンセリングを受けている。
 でも、筋肉の緊張は未だひどく、認知のゆがみも結構ガンコだ。


 もちろん、一年単位くらいのスパンで見ていると前年の今頃よりも、できることが増えている、認知のゆがみも少し取れてきていることを感じる。

 けど、どうしても、『病気になる前の自分』になるだけでは、私は満足いかない。それだけじゃ、また、何かのきっかけで、同じことを繰り返すような気がして・・・。


 だから、病気になる前の自分に足りなかったエレメントを手に入れたい。


 そのエレメントこそ、『期待する』ことに耐えうる心。


 「あなたに~してほしい」

 「あなたと~したい」

 そういう気持ちを持続して持ち続けることができたら。

 もちろん、その『期待』が全て叶う、という前提で考えてはいない。
 だからこそ、叶わなくても次がある、違う形なら叶うかも知れない、って思えればいい。
 『期待』が叶うのは今すぐでなくていい、遠い未来でもいい、私の肉体が滅んでからでもいい。

 自分を変える・・・だけじゃなくて、大切な人を幸せに導くために、更には、その幸せを共に味わうために。


 そうだ、やっぱり、試して見る前に諦めたら、進歩はないんだ。

 もう、一度壊れた心だもの。
 あの時以上に壊れる事なんて、きっとない。

 『期待』をことばにしてみよう。
 伝えたいことは、ことばで伝えよう。


********** Fine **********

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2010年1月23日 (土)

未発達な心 4

 うつ病になってからの心の内は、このブログの中でもいろいろ書いてきたから、省略します。

 うつ病の一番ひどい時は、人間の三大欲求が見事に崩壊。
 薬の力でなんとか睡眠をとり、義務感で食べ物を口に入れ、意識のない時間が一番心地よい、やりたいことなんて何もない、そういう状態。


脳も、身体も、「十分休まりましたよ」となった頃、母が「買い物に連れて行ってくれ」と言った。

 母の趣味の編み物の材料を買いに。

 祖母がなくなってから、母は編み物を始めた。私がうつ病で実家に帰ってきた時も、毎日楽しそうに編んでいた。

 時々、「あんたもやってみたら?」と私を誘った。


 でも、私は、自分自身に期待をしていない。どう考えても、できるわけがない。ムリムリ。



 だけど、何度も手芸やさんに通っていると、初めはただ、母を連れて行っただけだったのに、だんだん自分も、商品を見るのが楽しくなった。
 それでも買う気は無い。できっこないから。ただ、「きれいだな。かわいいな」って、それだけ。
 でも、気分にも波があるから、調子のいい時に行くと、小学生用の手芸キットとか、「できそうかな」って思うときもある。
 で、ある日、「できないかも知れないけど、買ってもいい?」て、そういう気持ちになっていった。

 作った物を見て、母が「かわいいね~」と言ってくれた。
 それから、中毒みたいにいろいろ作った。
 たくさん作ると、もうちょっと難しいこともやってみたくなった。
 その繰り返しで、今の私がある。

 子供のときに、母とこういう関係でいたかった。
 同じ物に興味をもち、「どうしたらいいかな?」って相談したりして、一緒に達成感とか、挫折感とか、・・・そう一緒に・・・味わいたかった。

それが、今になって、やっと実現した。
 あの頃はどんなに頑張っても、こういう状況を作り出せなかったのに、今この状況があるのは、自分でもどうしてだか分からない。
 いつの間にか、こういう風になってた。

 やっと、積み木の土台の部分の穴が塞がれた。
 外の社会へ出て行けるようになった。それは、無理するでもなく、頑張っているわけでもなく、自然な流れで、大人らしい社会生活を送れるようになってきた。

 ただ、いまだ『期待』する気持ちが薄く、『怒り』という感情が抜け落ちている。・・・、というか、そういう物がない状況に慣れてしまったから、『期待』すること自体どういうことなのか、よく分からないでいる。



・・・・・さて、次回はエピローグ。 今日はココまで。

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2010年1月22日 (金)

未発達な心 3

 あれから、いろんなことが上手く行きだして、仕事も面白いし、『期待』してない母との関係も、不満がなかった。

 相手に変化を求めると、とても精神エネルギーが消耗するから、相手に合わせて自分を変えるようになった。

 自分を変えるというのは、相手よりも自分が大人になるという感覚で、そうすることで、自分自身が成長していると感じていた

 ストレスは、・・・溜まっていたかも知れないけれど、自分がいい方向に変わっていく、良いイメージに酔っていたから、『快』か『不快』かと言われると、多分『快』に傾いていたと思う。



 けど、それが、逆に、災いした。



 これは、今になって思うのだけれど、

 坂の上の雲を目指して、頂上まで来たら、坂の下の地盤がいつの間にかもろく崩れ始めていた感じ。

 積み木を高く高く積み上げようと上ばかり見ていた、けど、土台になる部分がぐらぐらしていた感じ。



 気がついたら、本格的な『うつ病』になってた。


 うつ病になった直接的な理由は、あまりにも多様で、複数の要因が複雑に絡み合っているから、一言では言えない。し、今、自分で分かる範囲でも、まだ足りないかも知れない。
それは、まぁ、今回は棚上げしておく。




 人に『期待』をしない、というのは、楽なんだけど、ひどく寂しいことなんだって、ここまで思い返して、だんだん実感できるようになってきた。

 人を信じる、信じないとかよりも、もっと根本的な感情を失っている。


 うつ病になったら、『人に対する期待』だけでなく、『自分に対する期待』も、できなくなった。
だって、できないことだらけなんだもの。
できなくて当たり前、できたら儲けもの。・・・そのくらいの気持ちでいないと、・・・多分早い段階で私はこの世にいない。



 うつ病になって仕事にいけなくなったばかりの頃、一日のほとんどを布団の中で泣いて過ごし、ほんの少しの食べ物を無理やり口に入れ、あとはぼんやりと夢と現の間をさまよっていた。

 これって、生まれたての赤ちゃんに似ている。
ただ、赤ちゃんは、『生きたい』っていう希望を、期待をもっているけど。
『希望』も『期待』ももっていない、赤ちゃんだった。






・・・・・もう少しで、現代まで戻ってこられそうです。今日はココまで。

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2010年1月21日 (木)

未発達な心 2

 幼稚園に勤めだした頃、発達心理学や、親子関係の本を、片っ端から読みあさってた。

 その頃、母に一度聞いたことがある。
 「どうして、私をあんまり抱っこしなかったの?」

 答えは、「だって、泣かなかったから」

 もっと手の掛かる子供だったら抱っこしてたの?
いや、そんなに立派な子供じゃなかったよ。出来ないことだらけで、手の掛かる子だった。でも、そんな時は、怒られるばかり。
 甘え方が下手だったの?
いや、甘えても、「うるさい」って言われた。



 他にも、大人になって母に聞いたことがある。
 「私のこと、かわいいって思ったこと、ある?」

 答えは、「あるよ」だった。
 「例えば、どんな時?」って聞いた。
母は、答えられなかった。


 私は、何百人も子供を見てきたけど、どの子も(すごく悩まされた子もいたけど)、かわいかったし、今でも、一人一人、その子と関ったときのエピソード、かわいいって思った瞬間、一人につき少なくとも一つくらいは思い出せるよ。




 母に対する『怒り』が一番強かった頃、まだ、私は母に『期待』していた。

 母が祖母の介護を始めた頃かな。
介護は、心身ともに、重労働だ。
私は「自分のことをしっかり見ていて欲しい」という思っていたけれど、母の頭の中からは、私はすっぽり、削除されていた。
子供の頃以上に、「自分でできるでしょ」っていうオーラが出ていた。
 おりしも、私は職場の人間関係で悩んで心身症が出ていた。けど、それを母に話したら、「あなたまでも、私を追い詰めるのか」と母に非難されそうで、言い出せなかった。

 こういうことは、子供の時から、ずっと続いていた。
母は、祖父母、父、にものすごく気を遣って生活していた。
口ではそんなに言わないけれど、「これ以上問題ごとをつくるな」っていうオーラを私は感じていた。


 怒りがピークまできた時、もう母のそばにいること自体が辛くなった。
 怒りを持続する心のエネルギーがもうなかったんだと思う。



 もう あなたは わたしの ははおや でなくていい



 私は、家を出ることにした。

家族には、一切の相談もなし。一人で全ての手配を進め、引っ越す1か月ほど前に報告した。


 不思議なもので、引っ越しの話をして、一番寂しがったのは、母だった
「引っ越し、やめにすることはできないの?」って、引き止められた。

 けど、私の心には、もうその時、母に対する『期待』なんてないから、淡々と、「できないよ」って答えて、引っ越しの支度をした。


 一人暮らしは、はじめ、寂しかったけど、確実に気持ちは楽だった
 たまに会う方が、優しくしてくれるし、母から電話が来たりすると、そばにいるよりも「母の心の中に自分がいる」ということが、実感できた

 それから、しばらくして、祖母が亡くなり、母は『面倒をみる相手』がいなくなった。
母の心にもゆとりが生まれ始めた頃。
 私も、消化不良な心から解放されて、仕事がうまくいくようになった。



 期待しなければ、不満は生まれない。心穏やかに過ごせる。


そういう思考クセが染み付いていた。
 その時は、これが最善の策で、一番ラクな心のありようだと、思っていた。








・・・・・、まだまだ、続くので、今日はココまで。

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2010年1月19日 (火)

未発達な心 1

 やけに目が疲れて、細かい物が見難くなってきました。目医者さんに行ってみます。

 きっと、編みすぎ、本の読みすぎ、その他もろもろ・・・だと思います。




 さてと、最近、ずっと考えていることがあります。

 私、どうも周りの人より、『欲』が乏しいらしく、「~が欲しい」「~して欲しい」ってあんまり思うことがないのですね。
心のエネルギーがある程度満たされている時には、そういう気持ちになることもあるけれど、持続性がない。
  注) 食いつくところが周りの人と違うのかも知れないけど(爆)

 どうやら、私には、『怒り』の感情がすっぽり抜けているらしい。『怒る』ってことが滅多にない。

 それは私自身が、「怒る=良くない事」と、負のイメージをもっているからなのかな、と思ってた。
 でも、それだけでは説明のつかないところがあって・・・。



 で、ずっと考えてて気付いたんだけど、『怒り』を感じるっていうのは、その対象に『期待』をしているってことなのかなと。
 『期待』をしているから、その期待通りにならないと、『怒り』になる。

 例えば、「Aさんにはこんなことをして欲しくない」と思っていて、Aさんがそれをしてしまったら、「どうしてそんなことするの?」っていうのが『怒り』。

 自分に対する怒りも然り。
「できるよね」と思っていたことが上手く出来なかった。「なんでこんなことも出来ないんだ」って怒る。




 私は、ずっと長い間、期待することから逃げていた。
 10代の頃は、たくさんの期待をもっていた。
その多くは、『母に認められたい』という期待。
 どうしたら、母は喜んでくれるのか、私を褒めてくれるのか、私を「かわいい」と思ってくれるのか。
 子供心に、あらゆる手段を考えて、毎日毎日、試してみた。
 でも、母は、私の好きな物には興味がない。「なんでそんなものが楽しいの?さっぱり分からない」って言う。
学校で先生に褒められても、「先生が褒めてくれたから、私が褒めなくてもいいでしょう」という反応。
 勉強でいい成績ととっても、「私があなたくらいの頃はもっとできた」と言う。



 がんばっても、がんばっても、手に入らないものがある、ということを子供の頃に徹底的に思い知らされた。

 期待して、努力して、報われず、初めは『怒り』がすごく湧いてきた。



 おかあさん、きらい   わたしは ぜったい あなたみたいに ならない




 そういう反面教師的存在の母と過ごしたから、私は、幼稚園教諭という道に進んだんだと思う。他にも理由はあったけど、一番の理由は母の子育てが間違っているという事を証明したかったんじゃないかと思う。


 幼稚園で勤めだして、自分が母にして欲しかった事を、子供たちにする事に一生懸命になっていた。
 いっぱい褒めて、抱きしめて、「大好き」って何度も言って。

 そして、子供たちの反応から、「本来私はこういう成長の道のりを通るはずだった」って思いながら、自分の中の未発達な心を発達できるように仕向けていった。
 子供を育てる事が、自分を『育て直す』事だと感じていた。




・・・・・、長くなりそうなので、今日はココまで。

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2010年1月 2日 (土)

明けまして、おめでとうございます☆2010

 平日よりも、働いてます♪

 みなさん、明けまして、おめでとうございます。

 今年も無理せず、ぼちぼち、やっていきたいと思います。

 よろしくお願いします o(_ _)o<ペコッ



 大晦日はまさかの残業。

 でも、せっかくの大晦日。0時まで起きていたいし・・・。
 ちょっと無理して起きていました。


 静岡西部では珍しい、雪の年越しでした。
 生の雪、見たの、何年ぶりだろう・・・。
寒いのに、雪を見たせいか、テンション上げて仕事に行ってこられました。
 子供みたいです(笑)。



 昨日は自分でも『まずいな』って思うくらい、テンションが高く、いつものパターンだとこれで急降下downwardright・・・。

 今朝は、ちょっとぐったりだったので、午前中は意識的に だらだら・のんびり させてもらいました。



 今は、平常、かな。

 これなら、急降下せずに済みそうです。

 今夜はアロマを焚いて静かに夢の中に入ろうと思います。








 そう言えば、今夜、星新一の特番の日だった。
 お母さんは新聞のテレビ欄を見て「星新一 ショートショートショート・・・?」って言ってました。
 いや、『ショート』は通常2つです。
どうやら、『星新一 ショートショートSP』の『SP』を『ショートプログラム』と読んだもよう。


 お母さん!! 星新一はフィギュアスケートじゃないよ!!SPは、『スペシャル』の略だよ。 

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