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2010年1月19日 (火)

未発達な心 1

 やけに目が疲れて、細かい物が見難くなってきました。目医者さんに行ってみます。

 きっと、編みすぎ、本の読みすぎ、その他もろもろ・・・だと思います。




 さてと、最近、ずっと考えていることがあります。

 私、どうも周りの人より、『欲』が乏しいらしく、「~が欲しい」「~して欲しい」ってあんまり思うことがないのですね。
心のエネルギーがある程度満たされている時には、そういう気持ちになることもあるけれど、持続性がない。
  注) 食いつくところが周りの人と違うのかも知れないけど(爆)

 どうやら、私には、『怒り』の感情がすっぽり抜けているらしい。『怒る』ってことが滅多にない。

 それは私自身が、「怒る=良くない事」と、負のイメージをもっているからなのかな、と思ってた。
 でも、それだけでは説明のつかないところがあって・・・。



 で、ずっと考えてて気付いたんだけど、『怒り』を感じるっていうのは、その対象に『期待』をしているってことなのかなと。
 『期待』をしているから、その期待通りにならないと、『怒り』になる。

 例えば、「Aさんにはこんなことをして欲しくない」と思っていて、Aさんがそれをしてしまったら、「どうしてそんなことするの?」っていうのが『怒り』。

 自分に対する怒りも然り。
「できるよね」と思っていたことが上手く出来なかった。「なんでこんなことも出来ないんだ」って怒る。




 私は、ずっと長い間、期待することから逃げていた。
 10代の頃は、たくさんの期待をもっていた。
その多くは、『母に認められたい』という期待。
 どうしたら、母は喜んでくれるのか、私を褒めてくれるのか、私を「かわいい」と思ってくれるのか。
 子供心に、あらゆる手段を考えて、毎日毎日、試してみた。
 でも、母は、私の好きな物には興味がない。「なんでそんなものが楽しいの?さっぱり分からない」って言う。
学校で先生に褒められても、「先生が褒めてくれたから、私が褒めなくてもいいでしょう」という反応。
 勉強でいい成績ととっても、「私があなたくらいの頃はもっとできた」と言う。



 がんばっても、がんばっても、手に入らないものがある、ということを子供の頃に徹底的に思い知らされた。

 期待して、努力して、報われず、初めは『怒り』がすごく湧いてきた。



 おかあさん、きらい   わたしは ぜったい あなたみたいに ならない




 そういう反面教師的存在の母と過ごしたから、私は、幼稚園教諭という道に進んだんだと思う。他にも理由はあったけど、一番の理由は母の子育てが間違っているという事を証明したかったんじゃないかと思う。


 幼稚園で勤めだして、自分が母にして欲しかった事を、子供たちにする事に一生懸命になっていた。
 いっぱい褒めて、抱きしめて、「大好き」って何度も言って。

 そして、子供たちの反応から、「本来私はこういう成長の道のりを通るはずだった」って思いながら、自分の中の未発達な心を発達できるように仕向けていった。
 子供を育てる事が、自分を『育て直す』事だと感じていた。




・・・・・、長くなりそうなので、今日はココまで。

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コメント

めちゃめちゃご無沙汰してて、すみません(汗)。
憂さんも、お正月に変なもの飲んで、お腹壊してませんか?(←お前が言うな!)

記事の内容…。
小さい頃の記憶、本当に悲しかったでしょうね…。でも、それをバネに頑張った憂さんは、すごいと思います。
続き、ゆっくりでいいですからね。
辛い記憶を思い出すのは、苦しいもの。
無理しないでね。

投稿: チョコバー☆ | 2010年1月19日 (火) 14時11分

 こちらこそ、ご無沙汰です(^^;
 「憂さんも・・・」ということは、チョコバー☆さんも、お正月に刺激物飲んで、誤嚥性肺炎とか、起こしてないですか?
 私の胃腸は、すこぶる元気です♪

 記事の内容も、今回はちょっと暗い内容ですが、だんだん明るい方へ向かっていきます。
 自分の中で消化できていることなので多分大丈夫です。
 書きながら、ちょっと泣いちゃったけどね

投稿: チョコバー☆さんへ | 2010年1月20日 (水) 08時51分

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