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2010年4月

2010年4月30日 (金)

途中経過

やっぱり脳の緊張状態が取れません。

ていうか、あれだけの興奮状態がそんなに簡単に解けるとも思ってないのですが。

睡眠導入剤を飲んでも、3時間。夜中1時代に目が覚めます。その後は、うとうと、ぐらい。

身体は、横になるだけでもある程度休まるのですが、脳が休んでくれない事には、日中あった事を整理する間もなく、精神的な疲れが取れない状態でまた一日のスタートを切らなければならないという事で、一日の始まりが、とても気の重いものになります。


昨晩は、途中で目が覚めたときに、眠剤を半錠、追加で飲みました。
その後また、3時間くらいは眠りました。

6時間眠りらしい眠りができれば、多分、日中は大丈夫でしょう。


そして、寒さも相変わらず。
熱が出る前のような、ゾグゾグする感じ。


脳が緊張状態にあると、「いざという時にすぐ行動が移せるように身体を温めておけ」っていう命令が身体に発信されます。
で、平熱レベルだと、「寒い」って感じるらしいのです。

ついでに、動悸も。身体を動かさないでいると、結構動悸が気になるんですよね。


このまま脳の緊張状態が続くと、脳の神経伝達物質が誤作動を起こして、うつやパニックの症状が出ます。
それだけは、何とか阻止しなくちゃ。


身体の緊張は、大分取れてきました。

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2010年4月28日 (水)

演奏会と自分を振り返る

 昨日は、通常運転に戻れました。
 一日お店の当番をこなしましたが、途中でへばる事もなく。
 頭の回転は悪いけど、まぁ、もともとがこんなんだから(笑)

 昨夜は、そこそこ眠れました。
 編み物もやっと再開しました。
 今朝も、まぁ、気持ちよく起きました。

 ・・・上等じゃないか。



 でも、演奏会。
 トータルで考えると、『気持ちよかった』『楽しかった』よりも、『しんどい』『苦しい』の方が強かったかな。
 舞台に上がるより、聴く方が性に合ってるみたい。

 なんていうか、きっと、幼稚園教諭やってた時期に一生分『人前に立つ』願望が満たされちゃったような気がします。
 もう、あんまり、人前に立ちたくない。

 「ドキドキして、何にもできないんです~」なんて、かわいい物じゃなくて、「人前に立つからには、360度どこから見られても恥ずかしくない自分」を求めちゃうんですね。
 だから、側に緊張感のカケラもないような人を見るとイラッとしたりして^^;

 やっぱり、自分にプレッシャーを掛けてるのは、他人ではなく、自分。


 自分に対する厳しいプレッシャーを解除できれば、話は別ですが、多分、これが最後の舞台になるでしょう・・・。
 ・・・うん、もう、いい。そんな感じ。

 「ステキだった♪」と褒めてくれた友人の言葉にさえ、「しんどさ」は癒されなくて。

 こういうトコで楽しめる心の豊かさが欠けているんですねぇ。

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2010年4月26日 (月)

なんか、がったがたで・・・

「うつ」というより、多分、自律神経の調子が狂っちゃってるんだと思うんですけど、もう、しんどいです。

寝ても寝ても、眠い。
眠り自体が浅い。
筋肉が痙攣する。
あちこち痛い。
寒い。(背中の上部。気温の低さから来る寒さとちょっと違う)

でも、振り絞って、バイトは行って来ましたが。

とりあえず、報告まで。

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2010年4月25日 (日)

大きいイベント

 昨日は、コーラスの演奏会でした。
 演奏会への参加は二度目。

 ホントは、はじめ、出るつもりじゃなかったんだけど、チラシ完成の時、既に私の名前が入ってて、で、まぁ、体調もいいし、出るだけ出てみるか・・・と。

 前回の時の様子は→こちら


 チケットのノルマとかは先生が配慮してくださって、「できる分だけでいい」って言ってくださったので、完全に甘える事にしました。
 こういう時に「絶対来てね!!」って言える人、羨ましいを通り越して、どういう感覚なのか、まるで分かりません^^;

 でも、本当に怖いのは、緊張感から、ちゃんと元の精神状態に戻ってこられるか、ってことなんですよね。

 たしか、前回、演奏会終了後、2週間くらい『ぐでんぐでん』になりました。

 音合わせやリハーサル、本番、打ち上げ・・・睡眠不足の上にハードスケジュールです。




 とにかく、舞台に立って、口をパクパクさせてればいい。



 それ位のつもりでいたんですけど・・・。




 だめですね。


 生オケやソリストの音を聞いちゃうと、誘惑に負けて、いつの間にか、必死ですcoldsweats01

 周りの空気がだんだんテンション揚がってくるでしょう。その空気に飲まれました。


 今回はヘンデルの『メサイア』全曲だったのですが、場面によって、受難・憧れ・希望・栄光・絶望・背信・悲痛・・・と曲のイメージを音に表現します。


 ただ今、アダルトチルドレン回復中の私としては、自分の中から湧き上がる気持ちに正直になりたい所なんですが、『演技』を要求されるわけです。
 なんだか、やりたいこととやるべきことが食い違ってるような違和感・・・。
 でも、今まで、演技する事に慣れてきていたから、簡単に『演技』の方に傾く事ができました。
 ・・・ちょっと、また、本当の自分が迷子になってしまいました。

 まぁ、疲れで頭が回らないせいもあるかも知れないけど。



 本番中、ひどく身体が痛くなって、休憩時間にデパスのお世話になりました。

 昨晩はやはり、疲れて眠いはずなのに、眠れず・・・。
 今日も寝たり起きたり。
 でも、明日から、仕事。(ここが3年前とは環境が違う)
 どれくらいで気力体力が回復してくるか、ちょっと心配でもあります。


 しかし、音楽家(プロ)って、どうしてあんなにも心がオープンなんだろう。
 表現者って、あぁでないと成功しないんだろうなぁ。
 自分と他者との垣根を感じないというか。
 そうでなきゃ、世界の人たちとはつながれないんだね。

 私は・・・、狭くてもいい、多くの人とつながるよりも、少数でも深くつながれることが、今の目標かな。
 だって、一番身近な人たちとでさえ、つながれないんだもの。

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2010年4月21日 (水)

家族<他人  or 家族>他人

 それにしても、不思議な自分。

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カウンセリング4/21

 一応、ここ2週間の心の動きを、簡単にまとめて、紙に書いていきました。
 見出し程度に^^;
 それに沿って話をしました。

 これは伝えておきたいってことを言い忘れないためにも、よかったです。


 話している間に、やっぱり、泣けてきました。
 子供の頃を思い出すと、やっぱり勝手に涙が出ます。


 あと、『うつでほぼ寝たきりになってからの6年間で、赤ちゃんからの人生をやり直しているような感じがする』ことも伝えました。
 そして、今が20歳前後くらいの感覚であることも。


 そして、改めて感じたことは、今自分が、『自立』の過渡期にいるということ。


 これは、アダルトチルドレンでなくても、誰でも、通る道。

 『自分は、親の一部ではなく、一人の独立して存在する人間なんだ』という自立への願望、
 『子供の頃にやり残したことがあるような感覚』・・・もっと依存したかったという後悔?

 ・・・・・だんだん、自分でも、よく分からなくなってきた(汗)
 今、自分がどこを歩いているのか。


 先生に「次のカウンセリングまで、自分の心の動きに注目してみてください」と言われました。

 自分でも、この心が、どこに落ち着こうとしているのか、非常に興味があります。

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2010年4月20日 (火)

さてと、

ここ2週間ほどで、ずいぶんな心の変化が現れたわけですけど、明日は、メンタルクリニックで、カウンセリングの日です。

前回は、一番苦しい時だったから、ほとんど泣いて終わってしまいましたが、この2週間の変化を、どうやって伝えよう・・・。

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2010年4月18日 (日)

不思議なものですなぁ

 心理学上の『母親殺し』の後から、なんだか、世界の色が随分変わりました。

 今まで、自分が好きだと思ってやっていたことも、どうやら、違っていたようです。


 母が好きなことだから、一緒にやりたかった。
 母が喜ぶから、やりたかった。
 母のようになりたくないから、没頭してた。

 そういうことを、ひとつひとつ取り除いていったら、非常に面白い現象がおきました。



 今まで欠かさず見ていたテレビ番組に、急に固執しなくなった。
 両親と一緒に過ごす時間が多かったのに、外へ出掛けたり、自分の部屋で過ごしたりする事が多くなった。
 読み物が苦手だったのに、本が読めるようになった。
 わけの分からない『焦り』がなくなった。
 人の優しさが、素直に嬉しく感じられた。
 感情に掛かっていた『麻酔』が抜けたように感じた。
 (ちょっと困ったこと→)編み物に対してむさぼらなくなった。



 『この場では、どう立ち振る舞ったら正解か?』っていうことを考えるので頭がいっぱいだったんだけど、今は自分の中の自分の声がよく聞こえる。

 『この場では、どう立ち振る舞ったら正解か?失敗しないように、よーく考えろよ。失敗したら、ひどい目に遭うよ』・・・これも、インナーマザーの声だったんですね。


 私の本当の心は、予想以上に、無邪気で、ケラケラ笑うし、嬉しい時には踊り出すし、そして、この本当の心の赴くままに行動しても、他人に迷惑を掛けないもののようです。

 これは、私にとって、とても、不思議な感覚です。


 けど、『本当の私』は、油断すると、すぐインナーマザーに拉致されてしまいます。
 だから、『本当の私』といつも、ちゃんと、手をつないでいようと思います。


 この『本当の私』こそ、過去に置いてきぼりにされたインナーチャイルドなのですが。


 最後に、インナーチャイルドの癒し方で、私が「分かりやすいな」って思ったサイトがあったので、載せておきます。
インナーチャイルドの癒し方

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2010年4月16日 (金)

『かなしいの』

おおきい ゆうさん へ

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宣言

ここに宣言いたします。


私は、あなたを生涯愛し、添い遂げます。

笑っているあなたは、とてもかわいらしい。
ほっぺを両手で挟んで、ふにふにしてあげたくなるくらい。

怒っているあなたは、・・・やっぱりかわいい。
でも、怒ったその手で、自分を傷つけないで。
私はあなたより強いから。あなたのその小さな拳は、私が受け止める。
大丈夫。私はあなたより大きいから。あなたによって私は傷ついたりしない。

泣いているあなたも、もちろんかわいい。
だから、背中を向けて泣かないで。
私の腕の中に飛び込んでおいで。
飛び込む勇気が出ないのなら、何時間でも何日でもここで待ってる。
大きい声を出して泣いたらいいよ。
あなたの涙も鼻水も、みんな私が吸い取ってしまうから。
もう涙が出ない、っていうまで、泣いたらいいよ。



今まで、ずっとほったらかしにして、ゴメンね。
ずっと独りで、頑張ってたんだよね。

怖い思いをしながら。
寂しい思いをしながら。

でも、もう独りじゃないよ。
ずっとずっと、私がそばにいるよ。

私の前では、頑張らなくていいんだよ。

今、ここに居るあなたが、どんなあなたでも、私はあなたが大好きです。


・・・・・・・・・以上、インナーチャイルドへの手紙です。

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2010年4月15日 (木)

心理学上の母親殺し

こんなことが、ありました。

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今、ここにいるという違和感

今、この本を読んでいます。

そういえば、今までに、何度となく、「え?これが世間の常識なの?」と首をひねることが多かったように思います。

子供の時、友達に言われたことがありました。
「憂ちゃんって、すぐ『~しなさい』って言うよね」
・・・無意識のクセでした。そして、みんな、そう言われると嫌なんだって、そこで初めて知りました。でも、それまでの私の常識は、「人に何かして欲しい時は『~しなさい』って言う」だったんだと思います。

中学生の時、担任の先生に「頑張れ」と言われて、無性に腹が立ったことがありました。
「私は死に物狂いで頑張ってる。これ以上頑張れっていうと、一体どうしたらいいの?」
・・・普段、リラックスする方法を知っている人にとっては、励ましの言葉になるけど、いつも闘ってる人にとっては、崖っぷちから突き落とされようとしているみたいに感じるんですよね。

テストで良い点を取ったとき、先生が何人かの生徒の名前を「優秀者」と発表したのですが、同じ点数を取っていた私の名前を先生は言い忘れました。
その時私は、「妥当な扱いを受けている」と感じました。

・・・先生は単に言い忘れたのでしょうが、その時私は先生の心を「君がこの点数を取るのは当然のことなんだ。だから、他の人と同じように褒める必要はないよね」と読み違えています。
でも、視点を変えると、もしみんなの前で褒められたら、「こんな自分が褒められては、みんなに悪者扱いされる」と思ってしまいます。
実際、褒めてくれた先生にそういう感情が湧いた事が何度もありました。

社会人になって、「~したらどうでしょう」「私は~と思います」とチームで仕事をしていれば、当然そのような意見を言う場に出会います。
そして、意見が受け入れられる時もあれば、そうでない時もあります。
新人ならば、受け入れられないことの方が多いのは当然でしょうけれど。
しかし、一度意見が受け入れられなかった後、意見ができなくなり、上司に「なぜ、自分の意見を言わない」と叱責されるようになります。
意見を言っても拒否される。言わなくても叱責される。
上司の言いたい事の本質が理解できませんでした。

・・・自分の意見が却下された時、「意見が受け入れられなかった」ではなく「意見する事自体を拒否された」と感じてしまいました。

上司にの指示で、研修の一環として、論文を書きました。
他の教諭も書いていましたが、園長のOKが出るまでに非常に苦労していました。
私はというと、他の人たちの何倍も速かったようです。
園長も大満足で、賞もいただきました。
でも、そこに書かれている内容は、私の考えとはまるで違うものでした。
それでも、周りは私を褒めました。
私にとっては、他人事のようでした。

・・・人が自分に何を期待しているのか、そんな読心術ばかり育ってしまったみたいです。
けれど、褒められても、自分のことのようには感じられず、今となっては、その論文自体、無意味に感じます。

いつも、どこの集団に属していても、「この人たちをとは、何か根本的に違うな」「浮いてるな」って、子供の頃から、ずっと思ってました。
同時に、「いかにも幼稚園の先生って感じだね」みたいに言われる事も嫌でした。

その世界に自分の居場所を見つけることもできず、その世界に染まる事にも違和感を感じる。

子供らしくない。
女性らしくない。
長女らしくない。
友達らしくない。
新任教諭らしくない。
中堅教諭らしくない。
大人らしくない。
恋人らしくない。

正直、うつ病になってしばらくしてから、「いわゆるステレオタイプに当てはまる『うつ』じゃないのではないか」という葛藤もありました。

『自分』というものの正体がさっぱり、つかめなかったからです。

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2010年4月13日 (火)

私には母が二人いる

二人いるんですよ。

今日それに気付いたんですよ。

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2010年4月11日 (日)

誰の人生なの

今まで私が決断してきた事。


その多くが・・・、

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2010年4月10日 (土)

心がスッキリしないの

心の中に、相反する自分がいます。


「お母さん、ひどい」って思う自分。

「お母さん、かわいそう」って思う自分。


ひどいことするのは、お母さんも辛いから。

だから、お母さんを助けてあげたい。


子供の頃、私はいつも、そう思ってました。



けれど、この感情の両方を共有するのって、非常に自分の中で不調和を感じます。

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2010年4月 9日 (金)

一時休戦

辛くなってから、一週間。

怒りのテンションを維持するのは、結構疲れる。

今は、怒りや寂しさは、少し、和らいでる。

「まぁ、いいか」って、思えてる。

けどね、臭い物に蓋をしただけであって、『臭い物』そのものは、依然そこにあるんです。




私が喋らない事で、母が嫌な思いをしている。母が気を遣っている。
その姿を見ているのが、辛い。
だから、自分から、また、ご機嫌を取ってしまう。

結局、無関心・無頓着に接されても、私は辛くなるし、気を遣われても辛くなる。
じゃぁ、どうしたらいいの?って・・・母も、いや、誰だって、そう思うよね。


会社のあんまり親しくない上司・・・程度に思っていれば、今の関係でも十分やっていけると思う。

差し障りの無い挨拶や、世間話だけして、たまには談笑したりして。


うちには秘密が多すぎる。
お互い、大事な事はそうそう言わない。
でも、言わなきゃならない時もある。
それがとてつもなく、勇気がいる。
だって、その大事な提案を、果たして受け入れてくれるのか。
反対されるか、笑われるか、ばかにされるか、無視されるか・・・そういう可能性もあるし。
そういうことに神経を擦り減らしている自分が、また嫌になるし、疲れる。

もうそんな生活を何十年もしてきてしまった。


一週間もね、こういうことを考えてたら、ホントにスタミナが切れちゃって、この週末は、ちょっとのんびりしようかと思います。

でも、読んでみたい本があります。

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2010年4月 7日 (水)

カウンセリング4/7

少しずつ、頭の中が整理され、向かうべき道が見えてきた気がします。

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2010年4月 4日 (日)

がんばってみた

今日、少しは役に立とうかと思って、いつもはしないお風呂とトイレの掃除をやってみた。

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2010年4月 3日 (土)

上昇

泣きたいだけ泣いたら、気持ちが軽くなりました。

でも、気持ちの根っこは簡単に変わらない。

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流動

『今は』大嫌い。

でも、時間が過ぎたら、『大好き』になるかも知れない。

私は、意固地じゃないから。

私の感情は刻一刻変わるから。

ただ、長いスパンでみると、根っこの部分は変わらないよ。
枝葉の部分が変わるだけ。今満開のサクラみたいに。

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気分の沈んでる人は読まないで

辛い事があって、どうして、こんなに辛いんだろう、って考えると、いつも同じ場所に行き着くんです。

私は、意外と(←自分にとっては)いろんな人に親切にしてもらうことが多いです。
意外と褒められる事も多いです。
自分では、なぜだか、よく分かりません。
とても、ありがたいことです。
なのに、申し訳なくなったり、辛くなってしまう事があります。

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