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2011年4月

2011年4月21日 (木)

仕事が面白くなってきました^^

最近、発達障害について、勉強を始めています。

特別支援教育の理念に興味があり、そのシステムが始動する矢先、休職する事になってしまったので、また、いつかそれに携わることができればいいな、と思って学び始めています。

まぁ、そうは言っても、できることといったら、

ネットで調べる事

本を読む事

目の前の子供たちから読み取る事

・・・くらいですが^^;

本はひとまず、こういう物を読んでみました。

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まだまだ、読んでみたい本があります。
正直、読んでいると、自分自身が発達障害を抱えているんじゃないか、と思ってしまいました。

確かに、発達が遅れて脳の一部が機能しにくい状態と、うつ病や病気とまでいかない情緒障害で脳が機能低下している状態、見分けるのって専門家でも難しいらしい・・・。

発達障害を理解する、特別支援教育の理念は、
身体や精神に機能しにくい面があっても、生活に支障が出なければ、『障害』にはならない。
周りの環境や対応が整えば、一つの個性として、共存する事が易くなる。
目指すところは『心のバリヤフリー』
・・・というものです。

つまり、定型発達者と、障害者の間には、ラインが引かれているわけではなく、両者間はグラデーションで埋められている、というわけ。

だから、「私、定型発達者じゃなーい」って感じるのももっともです。

「あの人ちょっと変わってるね」という人でも、「変わってるけど、魅力的だよね」となる場合もあり、「変わってて、付き合いにくい」という人もいる。(芸術家には前者が多いかも^^私の通ってた合唱団のマエストロもそうでした)

だから発達障害を診断する理由は、「この人、障害者です」っていうレッテルを貼ることが目的じゃなくて、発達の凸凹が激しい故に生き難さを感じているので、「周りの人はどこまで歩み寄れるか」を探ることが目的なんです。

もともと精神世界が私の大好物なので、この手の本はホントに面白いです。
理解しにくい、と思っていた人の行動の意味が、一つひとつ、分かってきます。

そして、何より、自分自身の機能低下した脳をどう蘇らせていったらよいか、ということも、おのずと見えてきます。
だから、発達障害者が生きやすい社会を作ることは、万人が生きやすくなるということでもあります。

誰でも、得意なこともあり、不得手なこともある。できることもあるし、できないこともある。
いろんな人が集まって、凸凹を活用したり補ったりして世界は回っている。
そういうことを、大事にして、私はこれから、生きていきたい。

うつになる前、そういうことを考えていたんだよなぁ。
でも、エネルギーが無くなって、できなくなっちゃったんだよなぁ。
・・・そんなことを思い出しました。

自分の凸凹を受容し、周りの人と歩み寄る、まずはそこから始めます。
そうしたら、周りの人の凸凹を、それから人と人の間の溝をバリヤフリーにしていけると思うんです。

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2011年4月19日 (火)

ありがと、せんせっ♪

今年の1月から今まで、一緒に組んでいる先生に対し、とにかく気分の悪い思いをしておりました。

本日はちょっとダークな憂でお送りします。

続きを読む "ありがと、せんせっ♪"

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2011年4月16日 (土)

まずは・・・

前回の続きです。

幼稚園に勤め始めて半年が経ちました。
ストレスがかかると、感情鈍磨になり、言葉が出なくなります。

そのせいか、職場の人間関係でも、ちょっと負い目を感じていました。


一緒に組んでいる先生は、やたらと子供に怒鳴る人で、自分に余裕が無くなると、誰彼構わず噛み付きます。それが子供たちの生活にも影響していたので、この先生が気分良くいられるように、私は先回りして手を打っていました。
まぁ、この先生の存在も私の脳の開花を助けてくれたわけですが、それは、詳しくまた今度・・・。

とにかく、他の先生に申し訳ないやら、自分は感情的なっちゃダメだとか、いろいろ考えておりました。
一度は、この先生に対する嫌悪感から「会いたくない」って思うようになり、いっそ、何が嫌いなのか、徹底的に考えました。


そうしたら、見えてきたのは、自分に対する嫌悪感。


以前幼稚園に正職員で勤めていた時、仕事を休んだり、特別規定でリハビリを行ったり、求められることと、自分にできることが釣り合わなくて、上司に面倒をかけました。
実際、その上司がどのような思いでいたかは、本人に聞いてみないと分からないけれど、私から見ると、「お願いだから、辞めるなら早く辞めてくれ」そう言っている様に見えました。
病気だからそういう受け止めしかできなかったのかも知れない。

「やっと戻ってきてくれたね」「また一緒に仕事しようよ」「辞めないで欲しかった」そう言ってくれる人たちがたくさんいます。
なのに、私の頭の中は、『辞める直前』から、時間が止まっていて、そんな風に言ってくれる人たちの期待には、到底応えられるはずがない。・・・ずっと、そう思っていたんです。

私にはできない。
私には、あなたたちと同じような仕事はできっこない。
いや、する資格も無い。
本当はここには居てはいけない存在なんだ。
でも、無理言って隅の方にいさせていただいている。

・・・・・正直、こんな気持ちで半年、勤めていました。

なにか迷惑を掛けているんじゃないか、自分の言動で気を悪くしているんじゃないか、ビクビクしていました。
「すみません」「お手数かけます」「ありがとうございます」「助かります」・・・ほどほどに使えば有効な言葉ですが、使い過ぎて、相手に『壁』を感じさせてしまう言葉でもあります。

かつての後輩や新規採用の先生に対しても、敬語が抜けず、そのことが逆に失礼になっていたことにも最近気付きました。


今、まず私がやらなくてはいけないこと、それが、



自分を許す



ということだと、ようやく気付いたんです。




生きていてもよろしい。・・・という許しは少し前に出す事ができたんですが、
教育に携わってもよろしい。・・・という許しは、まだ出せていなかったようです。

今の契約に見合った仕事をしているのだから、何もビクビクする必要は無いんです。

というわけで、ただ今『敬語縮小キャンペーン中』です。
親しくなりたい人に対しては、頑張って(?)タメ口を使ってます。
型から入れば心が変わる。そういうことも、あるかな、と。

私はここにいても差し支えない。
私が教育を語っても、問題ない。
私は、私を許します。
・・・・・毎日そうやって、自分に語りかけています。

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2011年4月14日 (木)

この命を生きるために

ご無沙汰しております。

やはり、というか、震災から、いろいろなことを感じ、多少不安定になっております。

生きる苦しさを感じつつも、自分は贅沢を言っているようにも思いますし、一方で、この命を懸命に生きたい、という気持ちもあります。

そして、身近な人間関係の中からも、今の自分の課題が見えてきました。

ただ今それを、実行中です。

うつ病後、ずっと抱えていた人間関係に対する課題が、やっと分かったのです。

どこへ向かって行ったらいいのか、道筋が見えました。

私が本当に、欲しかったものが、分かりました。

それが、あるのと無いのとでは、世界がガラリと変わることが分かりました。

でも、それを維持することは、分かっていても、とても、難しいことだ、とも思います。

多くの人が、言葉でそれを言うけれど、実感するのは簡単ではありません。

だから、あえて、今は言葉にしません。

言葉にしてしまうと、なんだか急に、それが軽いものになってしまいそうだから。

それを、目の前の相手に渡そうとしても、どこにあるのか、見付からない時があります。

でも、知らないうちに、相手に渡してしまっている時もあります。

自分が欲しい時には、まずは自分から与えないと貰うことができません。

でも、与えたからと言って、必ず貰える訳でもありません。

ふたりの間にそれが流れた時には、お互いがとても幸せになります。

子供でも、大人でも、初対面でも。(長い付き合いで、できずにいた相手とはかなり難しい)

昨日は流れたのに、今日は流れない時もあります。

多分、流れた時に、「あ、ここにあったんだ」って気付くんです。

頑張っても手に入らないことはよくあります。

でも、諦めたら100%手に入りません。

ただ、それを手に入れたり、相手に渡したり、貰ったり、・・・そうしている自分を意識することの積み重ねが、私を幸せにしていく方法だと、考えました。

そうやって、幸せになることが、生きる理由だと、思いました。

で、そこにたどり着くために、今の私がすべきこととは・・・。

長くなったので、また、次回にします。

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