2011年12月 3日 (土)

おひさです

いつの間にか師走です。
実は、11月から、今までの仕事プラス別の職場からもオファーを受けて、空き時間を埋めるように、仕事してます。
自分の自由になる時間は減ってしまったので、そういう点では、少し大変ではあるけれど、人間関係が広がり、嫌なイメージに縛られる時間が減り、若干の経済的余裕もでき、総合的に見ると、ハッピーです。

やりたいなぁ、と思っていた仕事のオファーだったので、なおさら、忙しくても、ハッピーです。

この先、気を付けなきゃな、と思うのは、
ただいまあちこちから頼りにされて、少々有頂天なので、『安うけあい』をしないこと。
余裕をもってお断りすること。
…肝に命じてその範囲内でかんばります^^

それでは、また。
今日は思いきりぐだぐだしまーす。

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2011年4月19日 (火)

ありがと、せんせっ♪

今年の1月から今まで、一緒に組んでいる先生に対し、とにかく気分の悪い思いをしておりました。

本日はちょっとダークな憂でお送りします。

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2011年4月16日 (土)

まずは・・・

前回の続きです。

幼稚園に勤め始めて半年が経ちました。
ストレスがかかると、感情鈍磨になり、言葉が出なくなります。

そのせいか、職場の人間関係でも、ちょっと負い目を感じていました。


一緒に組んでいる先生は、やたらと子供に怒鳴る人で、自分に余裕が無くなると、誰彼構わず噛み付きます。それが子供たちの生活にも影響していたので、この先生が気分良くいられるように、私は先回りして手を打っていました。
まぁ、この先生の存在も私の脳の開花を助けてくれたわけですが、それは、詳しくまた今度・・・。

とにかく、他の先生に申し訳ないやら、自分は感情的なっちゃダメだとか、いろいろ考えておりました。
一度は、この先生に対する嫌悪感から「会いたくない」って思うようになり、いっそ、何が嫌いなのか、徹底的に考えました。


そうしたら、見えてきたのは、自分に対する嫌悪感。


以前幼稚園に正職員で勤めていた時、仕事を休んだり、特別規定でリハビリを行ったり、求められることと、自分にできることが釣り合わなくて、上司に面倒をかけました。
実際、その上司がどのような思いでいたかは、本人に聞いてみないと分からないけれど、私から見ると、「お願いだから、辞めるなら早く辞めてくれ」そう言っている様に見えました。
病気だからそういう受け止めしかできなかったのかも知れない。

「やっと戻ってきてくれたね」「また一緒に仕事しようよ」「辞めないで欲しかった」そう言ってくれる人たちがたくさんいます。
なのに、私の頭の中は、『辞める直前』から、時間が止まっていて、そんな風に言ってくれる人たちの期待には、到底応えられるはずがない。・・・ずっと、そう思っていたんです。

私にはできない。
私には、あなたたちと同じような仕事はできっこない。
いや、する資格も無い。
本当はここには居てはいけない存在なんだ。
でも、無理言って隅の方にいさせていただいている。

・・・・・正直、こんな気持ちで半年、勤めていました。

なにか迷惑を掛けているんじゃないか、自分の言動で気を悪くしているんじゃないか、ビクビクしていました。
「すみません」「お手数かけます」「ありがとうございます」「助かります」・・・ほどほどに使えば有効な言葉ですが、使い過ぎて、相手に『壁』を感じさせてしまう言葉でもあります。

かつての後輩や新規採用の先生に対しても、敬語が抜けず、そのことが逆に失礼になっていたことにも最近気付きました。


今、まず私がやらなくてはいけないこと、それが、



自分を許す



ということだと、ようやく気付いたんです。




生きていてもよろしい。・・・という許しは少し前に出す事ができたんですが、
教育に携わってもよろしい。・・・という許しは、まだ出せていなかったようです。

今の契約に見合った仕事をしているのだから、何もビクビクする必要は無いんです。

というわけで、ただ今『敬語縮小キャンペーン中』です。
親しくなりたい人に対しては、頑張って(?)タメ口を使ってます。
型から入れば心が変わる。そういうことも、あるかな、と。

私はここにいても差し支えない。
私が教育を語っても、問題ない。
私は、私を許します。
・・・・・毎日そうやって、自分に語りかけています。

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2011年4月14日 (木)

この命を生きるために

ご無沙汰しております。

やはり、というか、震災から、いろいろなことを感じ、多少不安定になっております。

生きる苦しさを感じつつも、自分は贅沢を言っているようにも思いますし、一方で、この命を懸命に生きたい、という気持ちもあります。

そして、身近な人間関係の中からも、今の自分の課題が見えてきました。

ただ今それを、実行中です。

うつ病後、ずっと抱えていた人間関係に対する課題が、やっと分かったのです。

どこへ向かって行ったらいいのか、道筋が見えました。

私が本当に、欲しかったものが、分かりました。

それが、あるのと無いのとでは、世界がガラリと変わることが分かりました。

でも、それを維持することは、分かっていても、とても、難しいことだ、とも思います。

多くの人が、言葉でそれを言うけれど、実感するのは簡単ではありません。

だから、あえて、今は言葉にしません。

言葉にしてしまうと、なんだか急に、それが軽いものになってしまいそうだから。

それを、目の前の相手に渡そうとしても、どこにあるのか、見付からない時があります。

でも、知らないうちに、相手に渡してしまっている時もあります。

自分が欲しい時には、まずは自分から与えないと貰うことができません。

でも、与えたからと言って、必ず貰える訳でもありません。

ふたりの間にそれが流れた時には、お互いがとても幸せになります。

子供でも、大人でも、初対面でも。(長い付き合いで、できずにいた相手とはかなり難しい)

昨日は流れたのに、今日は流れない時もあります。

多分、流れた時に、「あ、ここにあったんだ」って気付くんです。

頑張っても手に入らないことはよくあります。

でも、諦めたら100%手に入りません。

ただ、それを手に入れたり、相手に渡したり、貰ったり、・・・そうしている自分を意識することの積み重ねが、私を幸せにしていく方法だと、考えました。

そうやって、幸せになることが、生きる理由だと、思いました。

で、そこにたどり着くために、今の私がすべきこととは・・・。

長くなったので、また、次回にします。

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2010年5月20日 (木)

今日の癒し♪

今日は、託児ボランティアに行ってきました。

・・・母と一緒に。

ママと離れるのに、ひどく泣いてる子がいて、母が私を呼びつけ、「この子見てやって」と言いました。

まぁ、一応、プロだから(笑)。
泣いてる子、結構好きだから(笑)。
だから、それはいいんだけど。

母は、自分は泣いてない子を預かりました。

私が抱っこしてる子のところに来て、

「ほら、○○ちゃんより小さい子だけど、泣いてないよ。○○ちゃんお姉さんだから、泣かないの」


ツッコミどころ満載です。

まず、『他人と比べるな!!』その子には、その子の泣きたい事情があるんだよ。
それから、『泣いてる子に対して、「泣くな」と言うな!!』泣く事を我慢するよりも、思い切り泣いちゃった方が、涙を引きずらないものなの。
あと、『心細くなってる子に、プレッシャーを掛けるな!!』泣いてる時点で、その子の心はいっぱいいっぱいなの。今以上の力を振り絞って頑張れなんて、酷な事言わないで。


その子は、しばらく、「ママの所に行きたいの~」と泣いていました。でも、泣きながらもよくおしゃべりのできる子で、いろいろ話をしているうちに、なぜ泣いたかが分かってきました。


「今日は、ママと一緒におままごととか、絵本見たりとかしようと思ってたの」・・・それが、来てみたら、ママとは別行動で、「思ってた展開と違う~!!」と自己主張していたのでした。

「そりゃぁ、○○ちゃん、ビックリだったね。ママといっぱい遊ぼうと思ってたのに、辛かったよねぇ」と、私が言うと、「うん!」と力強くうなづきました。

「でも、○○ちゃん、すごいなぁ。辛かったけど、頑張ってママとさよならしたんだもんねぇ。偉かったねぇ」
それを聞いたら、この子はちょっと照れくさそうに笑いました。

その後は、時間が足りなくなるくらい、いっぱい遊んで、笑って、走り回って、ママが迎えに来たときには、「私、すごいんだよ。最初泣いたけど、いっぱい遊んだよ」と、得意満面。
ママも、「うんうん、最初は泣いたっていいの♪偉かったね」と褒めてくれました。

きっとこの子は、今度来るときは、『また、楽しいことが待ってる』と思って、来てくれる事でしょう^^



・・・一方、母の受け取った子は、というと、

母の話では、
「最初は我慢して泣かずにいたけど、後から泣き出して、ほとんど泣きっぱなしだった。おかげで、ずっとおんぶしてて、疲れた。最後の方は、泣き疲れて寝ちゃったけど。でも下ろして寝かそうとすると、また泣くんだもの」

・・・だから、あなたの子育ては、間違いだらけなんだってば。

子供は自分の思い通りにはならない。
子供は自分の都合に合わせてはくれない。
そして、自分の思い通りになる子が『いい子』ではない。


私にとっては、当たり前のことなんですけどね。
多分、母は、死ぬまで、いや、死んでもこの事実を実感できない。
そして、私は母とは違う。負の連鎖は起こさない。


今日は、この泣いてくれた子供に感謝です。
私にいっぱい元気と、自信と、優しさをくれました。

ちょっと油断して、日焼けしちゃったけど^^
腕が真っ赤です(笑)

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2010年1月27日 (水)

その後の父

 あれから、父の「オレ様」振りは、消沈しています。

私に気を遣っているようです、どうやら。

 母は、父の言うなりだから、今まで誰も、父の「オレ様」にストップを掛けられなかった。


 謝ったのは、私。
父は謝らない。
でも、私の方がのびのびしていて、父の方がちょっと萎縮してます。

 肉を切らせて骨を絶つ

 ちょっと違うか(笑)。
 父をやり込めよう、とかは思ってないです。



 遠足は、おうちに着くまでが遠足です。

 喧嘩は、仲直りまでが喧嘩です。

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2010年1月25日 (月)

エゴの崩壊

 前回の記事までで、『怒り』の感情が抜け落ちていること、『期待』出来ない自分がいることについて、徹底的に考えてみました。

 その成果(?)なんでしょうかねぇ、




 やっちゃいました(*´∀`)ゞ<エヘヘ



 父と大喧嘩。

 っていうより、一方的に私がまくし立てた。



 喧嘩の理由は聞かないで。

 文字にすると、あまりにもバカバカしい出来事ですから(恥)。



 いわゆる『キレた』っていう状態です。
 自分が何でこんな行動をとっているのか、もう制御不能でした。
 頭をガンガン床に打ち付けて、わぁわぁ、泣き叫びました。
 手近な物を投げました。

 子供の頃だって、こんな事、したことありません。

 だって、こんなことしたら、親が困るもの。
 自分が物分りのいい『良い子』じゃなくなっちゃうもの。
 それに、恥ずかしいじゃない。


 でも、親子関係の中で理不尽な事に出会うたび、本当は、感情を表に出したかった。


 ある本の言葉を引用すれば、

 制度の世界で自分を自分たらしめている自我=エゴから自分自身を開放する、<エゴの崩壊>

 ・・・・・、ある意味、そういう状態でした。

 我に返ってから、ちょっと恥ずかしいけれど、そういう姿を見せられて、「良かった」と思うんですよ。

 親にとっては、今までこんな姿見たことがないから、「病気が悪化したか」と一瞬ヒヤリとしたようですが、これは、うつとは全く関係ありません。

 あくまで、成長の一過程です。 遅れてきた反抗期(笑)。


 ちゃんと怒れた。怒りを相手にぶつけられた。
  ↑エライエライと自分を褒めてあげようと思う。


 そして、その後は自分の頭の中でセルフカウンセリング。(後日書きます)

 カウンセリング終了まで大体半日。

 その後、父に謝りました。土下座して。
 「やりすぎまして、ごめんなさい」 _|\○_ 五体投地

 語尾にたどり着くまでに、父も私も笑い出してしまいました。

 お互い、「意地を張ることがバカらしい」って、言葉を言い終わる前に感じたんだろうな、って思います。 

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2009年12月23日 (水)

ありがたいことです ・・・よね!?

 今年ももうあとちょっとになってしまいました。

 寒くなってきたことで、編み物のオーダーも入り、バイト先では、年末年始は休みたい人が多いので、12/31   1/1  1/2 と出勤日になり、その合間を縫っての忘新年会。今年は交友関係が広がったので、いつの間にか予定がぎっしりです。


 いろんな意味で、人から必要とされる存在である事を改めて感じることが出来ます。

 ご飯食べに行こう、って誘ってくれる人がいることに感謝します。

 あんまり ありがたいので、つい引き受けてしまいますが、自分のキャパは超えないように、したいと思います。

 自分が具合が悪くなったら、心傷める人がいることも忘れません。




 私は私のペースで、今目の前にあることをコツコツと、焦らず、信じて、行動する。

 そうすることで、きっと、自分自身も、自分の周りの人たちも、幸せになれる。
 というか、そうする他、何も出来ないのだけれど。



 交友関係が広がって、いろんな人に出会って、中には俗っぽいことやうわべだけ見て軽率なことを簡単に口にする人もいるけれど、自分の目で見て、耳で聞いて、肌に触れて、心で感じたことには、素直でいたい。

 傍から見ると、これが『ちょっと変わってる』らしいけど。どうら、『嫌な奴』ではない様なので、ま、いっか。

 自分を信じる。自分の感覚を信じる。
 それが、『自信』の第一歩。

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2009年6月 3日 (水)

ただいま

 とりあえず、ご無沙汰して、失礼いたしました。
 心の隙間も、まぁ、「このくらいなら・・・」って言うくらいの所まで埋まってきました。
 頂いていたコメントへの返信が出来ず、すみませんでした。


 今回は、自分自身の気持ちの整理の為に、独り言として、書かせて頂きます。

 亡くなったのは、おじさんです。

 小さい頃、すごくよく遊んでくれました。家も近かったし、おじさんも子供大好きだったし。

 おじさんは、私の両親よりも年下です。

 おじさんが入院したのを聞いたのが4月の中ごろ。

 お見舞いに行ったら、あちこちチューブにつながれたおじさんが、「これは~する管だ」って、笑いながら説明してくれました。
 余命宣告されてるのに、「憂、やせたんじゃないか~?」って、心配してくれました。
 私がうつ病になったことも知っていたから、「アルバイトに行けるようになったよ」って話したら、とても喜んでくれた。

 何度か手術を受けて、「家に帰るんだ」って、運動に点滴をぶら下げながら、散歩してました。


 けど、日に日に小さくなっていくおじさん。


 最後に会ったのは、亡くなる数時間前でした。それでも、握った手は、温かかった。まだ、身体を温める元気があるなって思った。

 でも、人の身体って、あんなにも冷たくなっちゃうんだよね。

 黄疸の出た土色の顔に、脂汗を浮かべて肩で息をして、・・・・・。


 おじさんは、最期まで、一生懸命生きてました。平均寿命よりもずっと若かったけど、もっとおじさんの笑顔を見ていたかったけど、おじさんは、『生ききった』んだって、思います。


 身近な人が亡くなると、いろんなことを考えさせられます。

 自分は、どう生きていくんだろう。
 自分の両親がこうなったら、何をしてあげられるんだろう。
 自分が亡くなる時には、そばに誰かいてくれるんだろうか。




 私は抑うつ状態になると、「余命宣告されたら楽だろうに」って考えます。
でも、本当は、「もっと生きたい」って思えるようになりたいです。
 前にも書きました。
 「生きる理由」がほしいって。

 おじさんには、いっぱいあった。



 「生きる理由」を手に入れる方法。おじさんに教えてもらった気がします。
 今こそ、ちょっと頑張ってみる時がきていると思います。

 おじさん、ありがとう。
 おじさんが、姪っ子、甥っ子たちの成長、楽しみにしていてくれた気持ち、忘れない。
 私なりの幸せ、ちゃんと掴まえるよ。
 

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2008年3月12日 (水)

意味はないけど

 実は、競争してました。意味はないけど、こちらのブログと、別荘と、総アクセス数の競争です。

こちらの方が、圧倒的に更新率高いんですけど、最近になって、別荘の方が、なぜかぐんぐん追い上げて、ついに抜かれてしまいました。

 アクセス解析を見比べると、面白い事が分かります。

 こちら・・・一見さんが多い。鬱やメンタルな面での検索から、訪れてくれる人が多い。
 
別荘・・・・ブックマークして、何度も訪れてくれる人が多い。検索サイトから飛んでくる人が少ない。

 どちらがいいとか、悪いとかじゃなくて、正直、どっちも嬉しいです。
 こちらのブログは、「鬱ってこういうものなんだよ」って、何となくでも、いろんな人に伝わったらいいな、と思って書きはじめた物です。
 別荘の方は、「面白いな。また見たいな」と思ってくれたらこんなに嬉しい事はありません。

 あと、こちらのブログは、凹んだ自分を元に戻す場であったりします。人間の弱い所、醜い所もいろいろあって、それでも、生きる事を諦めずに歩いていきたいから。

それに対して、別荘の方は、元気な自分のアピールの場であったりします。自分自身の励みになり、前へ前へ進んでいくための推進力になります。

 例えて言うなら、『こちら=月』 『別荘=太陽』 かな。

 今、『太陽』の方が、優位になっている、憂にとって、『元気な方』に傾いている、そういう時期なんだな、って改めて思いました。

 人間、生きていれば、ずーっと昼間、ってわけには行かないもので、長ーい夜もあります。
どっちのブログも憂には、とっても大事。

 これからも、よろしくお願いします。

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