2010年10月22日 (金)

母と娘 2

 昨日20:00からのテレビを見て、やっぱり、泣けてきました。

 私と同じように、「母から褒められた覚えなんて無い」「自分の子供が、こんなことまで母親(自分)に話してくれるのか。私は母にこんな風に気持ちを話したことは無い」と、泣きながら語る姿。
 うん、うん、そうなんだよね。めちゃくちゃつらいよね。・・・と。

 でも、司会者の方は「あんなに泣くほど辛いものなんですね・・・?」と臨床心理士の先生に困惑気味に訊いていました。

 この感覚って、味わった者でないとそういう概念さえ想像できないものなんでしょうね。




 目の前の人間の、見えている表情だけが、その人の感情の全てじゃない。
 自分の知らない顔がある。

 でも、母親っていうのは、それを、忘れてしまうんだな。
 自分のお腹から出てきて、生まれてからの時間をずっと共有していると、見えてるものが全てだと、錯覚してしまうんだな。

 思春期に母に泣きながら言われた「そんな子だとは思わなかった」って言葉。

 これも、私の現在の涙の元。

 あの時、もう一押し、「えぇ、こんな子ですよ。今まで知らなかったんですか?」って言えたら、どうなってただろう。
今なら言えるかな。


 私は、大切な人が、自分の思いに反する行動や感情を表出しても、「今まで知らなかった一面を見ることができた」「こういうあなたを見せてくれるほど、自分に心を許してくれているんだ」と、思うことができる。

 ただ、これも度が過ぎると、相手が私にどろどろした感情を一方的に流し込む関係に陥りやすいので、一緒に消化できる関係作りが必要です。


 ・・・・・、毎日幼児と接していると、こんなことをいっぱい考えます。
 そして、こういうことを一つひとつ咀嚼して、消化していかないと、次の段階には進めないのです。
 やっぱり、幼稚園に戻って、よかった♪

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2010年10月21日 (木)

母と娘

 昨日、今日とNHKで母と娘の関係性の番組をやっています。

 アダルトチルドレン、ってとこまで行かなくても、母と娘の関係性は、健全な家庭であっても、かなり難しいものなんだって、改めて思いました。
 父と娘、母と息子、父と息子・・・それ以上にややこしい愛憎の関係になりやすいようです。

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2010年7月 9日 (金)

嫌われても、平気

前回の続きです。

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2010年7月 7日 (水)

他人とともにある幸せ

「私、幸せです」って言えてる人、周りにホント、少ないです。

誰かの悪口を言って、でも、悪く言う相手の前ではそんな気持ちを微塵も見せず、他の人に「あの人、ホントに嫌になっちゃう」とか言っているのを聞くと、聞いている私自身、心がどんよりしてきます。

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2010年6月20日 (日)

嘘がつけなくて

 これも成長過程の『過渡期』というヤツなんでしょうかね。

 うつ病になる前は、結構、周りの意見に合わせるのは苦痛じゃなく、ちょっとムリしても、平気でいられたように思うんだけど・・・。

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2010年5月 8日 (土)

涙の理由

 昨夜、就寝前に急に泣けてきました。

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2010年4月21日 (水)

家族<他人  or 家族>他人

 それにしても、不思議な自分。

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カウンセリング4/21

 一応、ここ2週間の心の動きを、簡単にまとめて、紙に書いていきました。
 見出し程度に^^;
 それに沿って話をしました。

 これは伝えておきたいってことを言い忘れないためにも、よかったです。


 話している間に、やっぱり、泣けてきました。
 子供の頃を思い出すと、やっぱり勝手に涙が出ます。


 あと、『うつでほぼ寝たきりになってからの6年間で、赤ちゃんからの人生をやり直しているような感じがする』ことも伝えました。
 そして、今が20歳前後くらいの感覚であることも。


 そして、改めて感じたことは、今自分が、『自立』の過渡期にいるということ。


 これは、アダルトチルドレンでなくても、誰でも、通る道。

 『自分は、親の一部ではなく、一人の独立して存在する人間なんだ』という自立への願望、
 『子供の頃にやり残したことがあるような感覚』・・・もっと依存したかったという後悔?

 ・・・・・だんだん、自分でも、よく分からなくなってきた(汗)
 今、自分がどこを歩いているのか。


 先生に「次のカウンセリングまで、自分の心の動きに注目してみてください」と言われました。

 自分でも、この心が、どこに落ち着こうとしているのか、非常に興味があります。

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2010年4月20日 (火)

さてと、

ここ2週間ほどで、ずいぶんな心の変化が現れたわけですけど、明日は、メンタルクリニックで、カウンセリングの日です。

前回は、一番苦しい時だったから、ほとんど泣いて終わってしまいましたが、この2週間の変化を、どうやって伝えよう・・・。

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2010年4月18日 (日)

不思議なものですなぁ

 心理学上の『母親殺し』の後から、なんだか、世界の色が随分変わりました。

 今まで、自分が好きだと思ってやっていたことも、どうやら、違っていたようです。


 母が好きなことだから、一緒にやりたかった。
 母が喜ぶから、やりたかった。
 母のようになりたくないから、没頭してた。

 そういうことを、ひとつひとつ取り除いていったら、非常に面白い現象がおきました。



 今まで欠かさず見ていたテレビ番組に、急に固執しなくなった。
 両親と一緒に過ごす時間が多かったのに、外へ出掛けたり、自分の部屋で過ごしたりする事が多くなった。
 読み物が苦手だったのに、本が読めるようになった。
 わけの分からない『焦り』がなくなった。
 人の優しさが、素直に嬉しく感じられた。
 感情に掛かっていた『麻酔』が抜けたように感じた。
 (ちょっと困ったこと→)編み物に対してむさぼらなくなった。



 『この場では、どう立ち振る舞ったら正解か?』っていうことを考えるので頭がいっぱいだったんだけど、今は自分の中の自分の声がよく聞こえる。

 『この場では、どう立ち振る舞ったら正解か?失敗しないように、よーく考えろよ。失敗したら、ひどい目に遭うよ』・・・これも、インナーマザーの声だったんですね。


 私の本当の心は、予想以上に、無邪気で、ケラケラ笑うし、嬉しい時には踊り出すし、そして、この本当の心の赴くままに行動しても、他人に迷惑を掛けないもののようです。

 これは、私にとって、とても、不思議な感覚です。


 けど、『本当の私』は、油断すると、すぐインナーマザーに拉致されてしまいます。
 だから、『本当の私』といつも、ちゃんと、手をつないでいようと思います。


 この『本当の私』こそ、過去に置いてきぼりにされたインナーチャイルドなのですが。


 最後に、インナーチャイルドの癒し方で、私が「分かりやすいな」って思ったサイトがあったので、載せておきます。
インナーチャイルドの癒し方

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