2006年12月31日 (日)

ゆく年 来る年

 もう、今年最後の日になっちゃいました。なんとか、冬眠状態から抜け出せたようなので、今日は有意義に過ごせそうです。

 昨年の終わり、「来年はこんな年にしたいなぁ」と詠んだ詩があります。

  迎春

    小さな花を
      咲かせましょう
    小さな幸せ
      見つけましょう
    小さな夢を
      叶えましょう

 それまで、欲張りで、いろんな自分になりたくて、理想ばかり高くて、実際に行動できる事は、ほんの少し・・・。そんな憂でした。早く以前のように元気になりたい、ちゃんと働きたい、人並みに生きたい・・・。そう思って、がんばって落ち込むたびに、自分を否定して、更に傷つけているとも知らずに。

 あんまり遠くを見ないで、近くの景色をゆっくり楽しみながら、歩いていこう。
 夢も、幸せも、まずは小さい事から、その積み重ねが、いずれ大きな夢や大きな幸せにつながるんだって、自分に言い聞かせる毎日でした。

 このブログを初めから読んでくださってる方は、七転び八起きの憂もご存知でしょうね。実際、なかなか全力疾走を自分でやめるのって苦労しました。

 ・・・で、振り返って自分の足跡を見れば、同じところを行ったり来たりしてるし、すっごい大股で駆けてたり、渋るように小股になったり、つまずいて転んだり、ぬかるみにはまったり、・・・・・・・・・・・それでも、振り返ったところに足跡がある。少しは前に進んだって証拠です・・・って思っちゃっていいですよね(笑)。

 憂の小さな花、一つは、ブログを始めたこと。すごく憂にとって心の支えで、いろんな方たちのあったかい心が心地よくて。

 二つ目は、自力でお金を稼いだこと。年収9,700円。未来への希望がちらっと見えました。

 三つ目は、歌を始めたこと。楽しいと思えることがあるって、それだけで、生きていく原動力になる。

 今年は憂にとって、「やってみよう」をこれだけ叶えられた。それは小さな小さな花だけど、かわいいかわいい花です。

 そして、来年は、こんな年にしたい☆

  HAPPY NEW YEAR

    小さな花が 咲きました
    実った種を まきましょう
    今年も花が 咲くように
    小さな花が なお多く

 これまで憂を支えてくださった皆様、ありがとうございました。皆様にも、小さなかわいい花が咲くことを、心よりお祈りいたします。
 そして、来年もよろしくお願いします。

 それでは、よいお年を。

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2006年12月15日 (金)

金子みすずの詩

 青いお空のそこふかく、
 海の小石のそのように、
 夜がくるまでしずんでる、
 昼のお星はめにみえぬ。
    見えぬけれどもあるんだよ。
    見えぬものでもあるんだよ。
・・・・・

 この詩、聞いた事ありますか?10年以上前、CMで鈴木保奈美が朗読してたのですが。

 金子みすずさんの詩です。
 これを聞いたとき、憂はすごい感動を覚えました。
 「憂のなかにも、見えないけれど、見せたいものがあるんだよ。言いたいけれど言えない、でも、聞いてほしいことがあるんだよ
 そんな思いを代弁してくれてるような気がしたのです。
 それで、いっぺんで金子みすずさんの詩が好きになりました。

 けど、好きになって、もっといろんな詩を読みたいと思って、詩集を買ったんです。で、読み出したら、・・・・・どんどん どんどん 悲しくなちゃった
 友達とか、他の人に聞くと、「金子みすずの詩は心があったかくなる」っていうけど、憂はどんどん辛くなっちゃった。例えばこんな詩。

大漁

 朝やけ小やけだ
 大漁だ
 大ばいわしの
 大漁だ。

 はまは祭りの
 ようだけど
 海のなかでは
 何万の
 いわしのとむらい
 するだろう。

 ・・・・・・・解説には、「大漁を喜ぶ人々の裏に隠れている、海の魚たちの悲しみを見つめた、やさしい詩人の目~」と書かれていました。(JULA出版局 わたしと小鳥とすずと)

 みんなそうなのかな。憂は、この詩を詠んだみすずさんの顔を想像すると、やさしい目というより、泣き出しそうな目が浮かんでしまう。どんなに辛かろうって、憂まで泣きそうになる。
 うつ病になるずっと前から。

 あとね、みすずさんの詩の中には「かあさま」ってキーワードがいっぱい出てくるの。
 いいことは、かあさまのおかげ。
 わるいことは、わたしがいけないから。
 さかむけさえ、「かあさまに謝れば治るかな」って。

 そのあと、金子みすずさんが、26歳という若さで、自らこの世にお別れをしたことを知りました。
 これを知った後は、余計と、みすずさんの詠む一行一行が、憂のなかでますます重みを増しました。癒される書 とはいえず、生き物の持ついろいろな悲しみが集約されてるように思えて、・・・・なのに惹かれてしまう。とても変な感じです。

 今日、久し振りに詩集を開きました。やっぱり、みすずさんが抱え続けた心の隙間、寂しさが憂の心に響きます。

 憂がマイナス思考だから、こんな風に感じ取ってしまうのかな。ホントはただ、優しい気持ちで回りの物を見つめた詩なのかな。
 ・・・・・、正解なんてなくていいけどね。ただ、憂はみすずさんの詩が大好きで、憂の心の隙間を埋める手助けをしてくれてるんだ

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2006年9月23日 (土)

どうして・・・

人には心から言えるのに
 自分に向かって言っても 伝わらないことばがある

どっちも 憂の心から生まれた 素直なことばのはずなのに

人から言われると 心が温かくなるのに
 自分に言われると うそくさく感じることばがある

どっちも憂を想って生まれた 優しいことばのはずなのに

どうしてだろう?
 なぜだろう?

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